腫れ物
シャツの襟首のところが擦れて痛かった。
休憩時間に鏡で確認してみると、首のつけ根辺りに直径一.五センチほどの腫れ物ができていた。渦を巻くような奇妙な形のみみず腫れだった。ちりちりという痛みがあった。
屈んだ拍子などに襟元からのぞいてしまう位置にあり、見た目に気味のいいものではなかったので絆創膏を貼って隠した。
急に目が疲れやすくなった。眼球の奥の方がずきずき疼いた。
肩を揉もうとしてうっかり腫れ物に触れたら、激痛が走った。そろそろと絆創膏を剥がしてみると、いつの間にか倍くらいの大きさに膨らんでいた。渦の形はいっそうはっきりして、太くなり、一周か二周増えたようだった。
気のせいか、一瞬その渦が回転したように見えた。
熱いような疼くような痛みが、常に意識されるようになった。それでも病院で診てもらうほどとは思えなかったし、忙しくてそれどころではなかった。
職場に泊り込んだ翌朝、起きてみると目の前に白い靄が広がっていた。視力が弱って、ものの輪郭が分かる程度にしか見えなくなっていた。
心臓が脈打つのに合わせて、腫れ物がずきずきと痛んだ。痛みそのものが動いているようだった。いや、実際に皮膚の下で何かが蠢いていた。まさかと思って指先で恐る恐る触れてみると、腫れ物が反応するようにびくんと動いた。
体の中に何か得体の知れない生き物がいる。
腸がごっそり抜け落ちていくような思いがした。何とかして摘出しなければと思い、手探りでデスクからカッターを取り出した。震える手をもう片方の手で押さえつけ、思い切って腫れ物を切った。
皮膚の裂け目から何かが頭を出したのが分かった。
そいつは皮下でのたくって裂け目を内側からぐいぐい押し広げた。外界に出ようともがいているのだ。
激しい痛みに襲われ、まるで吸い取られるように全身の力が抜けていった。
立っていることなどできなかった。そいつが抜け出ていく耐え難い感覚とそれに伴う痛みは、いつまでも終わらないように思えた。
自分の中身がすべて出ていってしまったような虚脱感に襲われると、次第に意識が遠のいていった。
発見されたとき、彼は首のところから大量の血を流して倒れていた。
職場の仮眠室だった。床には蛇が這いずったような血の跡が廊下へと続いていたが、それが何なのかは不明だった。
彼は一命をとりとめたものの、生気を失ってみるみる痩せ細っていった。失われた視力が回復することもなかった。やがて、気が触れたようになって精神病院に強制入院させられた。
彼は、体にできものができるのを極度に恐れ、四六時中体を洗うのだった。そのせいで全身の皮膚は擦れて赤くなり、絶えずどこかから血を流していた。小康状態にあるときには、首のつけ根に残った抉れるような傷跡をいつまでも撫でた。
針金のように痩せた彼は、暗闇を好むようになり、狭いところに身体を押し込んで眠った。移動するときも起き上がらなくなり、両手を頭の先に伸ばして蛇行運動をするようにして床を這った。
彼は、病棟のレクリエーション室にある古い箪笥の一番下の引き出しが気に入ると、一日の大半をその中で過ごすようになった。
やがて、そこからまったく出なくなった。
ある朝、看護師が引き出しを開けてみると、彼は蛇がとぐろを巻いたような恰好で死んでいたのだった。
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