エスカレーター


 複合機のコーナーは、四階の上りエスカレーターの正面にあった。


 そのコーナーで販売員を勤める新人の竹山は、エスカレーターで何度もあがってくる妙な男性客がいることに最近になって気がついた。


 その客はいつも一人だった。うつろな顔で三階からあがってくると、陰気な目つきで四階フロアを見やり、そのまま五階にあがっていくのだ。四階でおりることもあったかもしれない。あるいは、一日に二度見たこともあった気もする。


 大型家電量販店の客は非常に多い。その男のまったく印象に残らない顔立ちは、他の客たちの間にたやすく埋もれてしまうのだった。


「何か変なんすよ」


 竹山は、社員食堂で顔を合わせた先輩の亀岡に相談した。


 亀岡は、機械オンチの客をターゲットに次々と商品を売りさばくトップセールスマンで、押し売りの亀岡というありがたいようなありがたくないような異名を持つ男だった。


「何が?」


 亀岡は天玉そばを食べる手をとめもせずに言った。


「変な客がいて」


 竹山は、その若くも見えるし中年にも見える男性客について話した。


 このところ、気になってエスカレーター口をちらちら見てしまうことが多くなっていたし、直接姿を見ないときでも気配で分かるようになっていた。男が現われると、何か体が緊張し、いやな汗をかくのだ。


 つい先日の日曜日など、四階に到着して扉を開けていたエレベーターをはっと見ると、休日の買い物客でぎゅうぎゅう詰めの箱の中にやはりその男がいたのだった。


 竹山はどこか追いつめられたような気持ちになっていた。


「見るな」


 亀岡は、話を最後まで聞きもせず、むっつりとした顔で言った。彼の忠告はそれだけだった。


 それ以来、竹山は亀岡に避けられていると感じるようになった。最初は意味が分からなかった。そんな態度を取られるいわれなどないと思った。


 しかし、あるときはたと気がついた。


 その男性客は、実は生きた人間ではないのではないか……。


 根拠があるわけではなかった。


 だが、一度そう考えはじめると、それしかないように思えてきた。だから、亀岡は自分と関わらないようにしているのだ。何かあったときに、とばっちりを食わないように。


 男はそれからも頻繁に現れたが、そう気がついてしまうと亀岡に言われた通り見ないようにするしかなかった。


 春にあった新人研修で、竹山はノイローゼになって自殺した販売員がいるという噂を聞いていた。何年も前の話ということだったが、もしかしたら男はその販売員なのかもしれない。


 あるいは、店に深い恨みをもったまま死んだ客なのかもしれない。


 正体は知りようがなかった。


 年度が替わると、竹山は地下一階の大型家電コーナーに配置替えになった。


 男のことを意識から締め出すことにはすっかり慣れっこになっていたが、それでもどこかでほっとした。


 今でも時折、エスカレーターやエレベーターに男の姿を見かけることがあった。そんなときでも竹山はただすっと目を逸らすだけで、それ以上気にかけることはないのだった。

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