森の中で

 蜜子は敦志と二人きりになれて嬉しかった。


 帰り道にあるその森は、子供の頃二人で一緒に遊んだことがあった。


 森の中では誰に見つかる心配もなかったから、普段教室ではどんな感情も表に出さない彼女も自然と頬が緩んだ。誰かに隠された鞄を探してすっかり遅くなった彼女に、部活あがりの敦志が一緒に帰ろうと声をかけたのだった。


 わけもなく枝や木の実を拾ったりしながら途切れがちに会話を交わし、二人は森の奥まで歩いた。気がつくと辺りがうす暗くなっていた。


 もう帰ろうと言ったとき、敦志がキスを迫ってきた。


 彼女はかすかに震えながらも黙って受け入れた。敦志がもう一度と手を伸ばすと、身体をくねらせてかわし、はぐらかすように笑った。


 まだ怖かった。それ以上に、こんなことがみんなに知れたらと考えると身のすくむ思いがした。


 二人はふざけあうように森の中を走り回った。蜜子の笑い声が森に響いた。


 どこかから鳥の鳴き声が聞こえてきた。谷に行き当たると、彼女は崖淵の木に寄り添って耳をすませた。鳴き声は谷底からするようだった。乾いた甲高い声だった。


 何の鳥だろうと思い「ねぇ」と振り返ると、敦志の姿がなかった。すぐうしろを追ってきていたはずだった。そこにはただ不気味に静まり返った暗い森が広がっていた。


 蜜子が森から出てきたのは、翌日の夕方のことだった。


 昨夜のうちに捜索願いが出されており、身柄はすぐに保護された。体の冷え切っていた彼女は、誰に何を訊かれてもただ弱々しく首を横に振るだけだった。敦志は二度と見つからなかった。


 不思議なことに、その出来事を境に蜜子へのいじめはなくなった。


 帰り道、彼女は森の中からあの鳥の鳴き声が聞こえないか耳をすませてみることがあった。そこには、まるで誰かが呼んでいるような深い静寂があるだけだった。

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