見える人は実在するっ!の巻


 車の戻りが遅いので、おれたちは地下の配送センターでやることもなくだべっていた。


「消えちゃったんだ」


 途中から話に加わった島田が言った。


 八階のエレベーターホールの窓辺にいる若い女のことだった。もっとも、それは高田さんだけに見える若い女だった。高田さんは自称「見える人」なのだ。


 その若い女のことは、他にこれといった話題がないときにしばしば持ち出された。ところが、高田さんによると最近彼女の姿を見なくなったらしい。


「なんで? どこ行ったの?」


 カクやんが話の輪には加わっていなかった高田さんに問いかけた。


「それは分かんない」


 高田さんはへつらうように笑いながら近寄ってきた。四十過ぎのしまりのない体が右に左に揺れた。


「使えねーな」口の悪い百瀬さんが言った。


「男でもできたな、それは」とおれ。


「どんな女ですか」


 まだ入って二ヶ月の藤山が興味ありそうに訊いた。この職場には男しかいないから、それも仕方なかった。


「えー、若い感じのー、髪が長くてー」


 高田さんが語尾を伸ばしながら答えた。


「もういいよ」


 おれは言った。そのたいして説明になってない説明を何回聞いたか分からなかった。


「来るぅ、きっと来るぅー」


 ふざけて歌った島田に、百瀬さんが「うるせぇ」と言って丸めた軍手を投げつけた。


「定期便!」


 大塚がえらそうに車の戻りを告げた。こいつはいやな奴なのでみんなから嫌われているが、本人はまったく気づいてないのだった。


 おれたちは気だるげに仕事に戻った。


「怖いですね」


 藤山が見える人にだけ見える若い女のことを思って言った。


「こういうのは、想像力の問題だからな」とおれ。


「そうなんですか?」


「知らんけど。……違うの?」


 ここだけの話だが、八階まで荷物を上げて一人でエレベーターで下りてくるとき、その若い女が一緒に乗り込んできたのではないかと思って、おれは少し怖くなることがあるのだった。

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