波間‐3/孟洋のこと


 市街のホテルで深羽子と会ったあと、孟洋は車で彼女を駅まで送った。


 町まで一緒に戻るわけにはいかなかった。車に同乗しているところを見られただけで、話はあっという間に広まってしまうだろう。


 深羽子は滋春の女だった。町では二人の関係を知らない者はいなかった。深羽子が滋春の子供を流産し、婚約も破棄寸前だとそれとなく知りつつなお、周囲は二人が結ばれることを望んでいた。


 一方、孟洋は転勤でこの土地に来て、まだ二年に満たないよそ者だった。よそ者であることには慣れていたが、容易には入り込めない土地の者同士の結びつきは未だに強く感じていた。


 深羽子を降ろしたあと、孟洋は一人夜の港に立ち寄った。


 外では雪がちらつき、エンジンを切ると車内は急速に冷えた。


 最初は軽い気持ちもあった。初めて身体を重ねた夜、深羽子が「幸せになりたい」とぽつりと呟いた。それで思いがけない深みにはまった。


 まもなく、滋春も孟洋と深羽子のことに気がついたようだった。しかし、仕事で顔を合わせても何も言ってこなかったし、深羽子を問い詰めるでもないようだった。


 滋春と深羽子は自分たちでは終わらせられないだけのように見えた。それでも孟洋が思い切ろうとすると、深羽子はいつも尻込みするのだった。


 遠くで何かが妖しく煌いた気がして、孟洋は闇に溶け込んだ水平線に目を凝らした。すると、青白い焔が波間に揺らめいているのが見えた。一つではなかった。いつの間にか、無数の焔が沖合いに浮かんでいた。


 と同時に、孟洋はあるイメージに襲われた。町が大水に襲われ、抗う術もなくすべてが海へ流されていく。孟洋はその様を上空から見るようにしていたが、彼自身もまたその大水に飲み込まれていることが直感的に分かった。


 一瞬のことだった。海は暗く広がり、雪が水面に落ちては音もなく溶けていた。孟洋はその場に立ち尽くして海を見据えていた。


 未来のイメージを見るのは、これが初めてではなかった。


 それはいつも現実となった。


 俺は死ぬのか。孟洋はそれを避けられないものとして受け止めている自分に驚きもしなかった。そして、これまでの何に対するよりも強く、彼は深羽子を欲した。

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