泥鰌掬い

泥鰌掬どじょうすくいといったら踊りなんですが、うちは本当に泥鰌を掬うんです。金魚掬いと同じです」泥鰌掬い業者の田中は言った。


 江東区M小学校のPTA行事委員会は、夏祭りの余興でこの泥鰌掬いをやることに決定した。


 八月のある土曜日、M小学校の校庭にはまだ日が高いうちから人が集まりはじめていた。主に低学年の子供たちとその母親だった。


 校庭の一角には泥鰌の入った水槽が四つ用意されていた。水に濡れるとすぐ破れてしまう紙を張った専用の掬い網や、取った泥鰌を入れるお椀など、道具も揃っていた。


「網を使って掬ってももちろんOKです。でも、もっと面白いのが、素手で掴み取りすることです」業者の田中は子供たちに説明した。


 その丁寧な口調といかにも子供好きそうな笑顔に安心した母親たちは、心置きなくおしゃべりに興じた。子供たちは争うようにして水槽の周りにしゃがみ込んで、きゃっきゃと遊びはじめた。


 まもなく、母親たちは子供たちがひときわ騒がしくなったことに気がついた。どうやら網を放り出して手掴みで泥鰌を掴まえはじめたらしい。


 見ると、田中は全体に気を配りながらもにこにこ笑っていた。子供たちも羽目を外しすぎることはないようだった。これがいつもの展開なのだろうと、母親たちはこの場は田中に任せることにした。それに、ろくに川遊びさえしたことがない子供たちにはいい経験かもしれない。


 やがて、おしゃべりに夢中だった母親たちは何か様子がおかしいことに気がついた。いつの間にか、子供たちがやけに大人しくなっていたのだ。


 見ると、子供たちはみんな水槽に手を突っ込んで、何か目をうっとりさせているのだった。涎を垂らしている子もいれば、隣の子と一緒になって忍び笑いをしている子もいた。


 ある母親が、一人の子供が泥鰌を生きたままつるりと飲み込むのを見て、「あっ」と小さな声を発した。


 母親たちはいったい何事かと水槽に駆け寄り、中を覗き込んでぎょっとなった。そこには泥鰌が気味悪いほどうじゃうじゃいたのだ。


 泥鰌があまりに多く、水など見えなかった。底の方にわずかに残っているらしい水は、粘り気を帯びていた。泥鰌は身をくねらせながらわずかな隙間に侵入していき、ぬらりと光る体が絡み合うとにゅぷにゅぷ音が聞こえた。


 よく見ると、その黒く細長い生き物は泥鰌でさえなかった。どちらが頭でどちらが尾なのかも分からない、見たこともない生き物だった。


「よしなさい!」


 ある母親がヒステリックに叫んで、我が子の手を水槽から引き抜こうとした。


 しかし、周りにいた子供たちに押さえつけられ、子供を掴んだその手を逆にぬらりと黒光りする細長い生き物が溢れのたうつ中ににゅっと挿し入れられた。


 脳天がしびれるような快感がその母親を襲った。彼女はほんの一瞬それに耐えたが、すぐに堪えきれなくなり、「あ、あぁぁぁあぁ」とたがが外れたような声と吐息の入り混じったものを洩らして、崩落した。


 なになにどうしたの、と他の母親たちが彼女を取り囲んだ。


 彼女は、口ではどうにも説明できないとばかりに、もう片方の手で他の母親たちの手を次から次へと掴んでは、水槽の中にうにゅうと挿し入れていった。「あっ」「あぁ」「あぁぁああぁぁ!」


 残りの母親たちは、何が起きているのか確かめようと、子供たちを弾き飛ばして自ら手を挿し入れた。「あーぁ、あぁ!」


 水槽は母親たちに占領された。


 子供たちは、それぞれお椀にその生き物を数匹ずつ掬っていた。


 彼らは地べたに座り込んで、それ指に絡ませて弄んだ。女の子のシャツの襟から背中に流し入れる男の子もいた。自分の下着の中に流し込む男の子や女の子もいた。


 恐る恐る指先だけを挿し入れていた母親も、なけなしの理性で持ちこたえていた母親も、やがて等しく快感にひれ伏し、手首まで、やがて肘まで、そのぬめり絡み合う生き物の中にずっぽりと埋めた。


 そのとき、ある母親がいきなり服を引きちぎるように脱ぐと、水槽の中に飛び込んだ。


 彼女は「あぁぁあああぁあぁ」と笑っているとも泣いているともつかない叫び声を上げながら、生き物の中ににゅるうと飲み込まれるようにして沈んでいった。


 と同時に、その生き物が水槽から溢れ出て、縁から地面にこぼれ落ちた。その生き物は母親たちの足元でうねっうねっと切なげに身をくねらせた。


 女たちはごくりと生唾を飲み込むと、牽制するように視線を交わした。それから口元に淫靡な笑みを浮かべて、競うように衣服を脱ぎはじめた。


 泥鰌救い業者の田中は、狂乱から離れたところで猫背の姿勢で立ち、肩を震わせるようにして怪しげに笑っていた。

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