何が見えるの

「ほら」と言って千夜は指さすのだ。


 見ると必ず、その先に何かがいた。それは一瞬で消えてしまい、何なのかはっきりとは分からなかった。あるいは、ただ妙な気配を感じただけかもしれない。本当は何もいなかったのかもしれない。


 千夜は一人遊びの好きな子供だった。彼女の切れ長で人を見透かすような目は、大人の女のもののようだった。しかし、指にはまだ幼女のあどけなさがあった。


 千夜がその指で「ほら」と言ってどこかを指すたびに、何かが起きた。


 例えば、祖父と母が相次いで急死した。それから、父が行方知れずになった。

千夜は遠方の親戚の家に引き取られた。


 その家には千夜と同い年の千鶴がいた。二人で遊んでいるとき、千夜は「ほら」と言ってドアの隙間から覗き見えた隣室の暗がりを指さした。


 千鶴は神隠しにあったように消えた。


 陰うつな空気が家を支配した。


 ある晩、千夜は「ほら」と言って、いつの間にか開いていた天袋の中の闇を指さした。千鶴の両親の反応は鈍かった。まるで何も聞こえていないかのようだった。しかし、千夜が「千鶴よ」と付け足すと、二人とも顔を上げてそこにいるものを見た。


 また一人になった千夜は、児童福祉施設に引き取られた。


 千夜が来ると、そこの子供たちはじょじょに元気をなくしていった。誰も以前のように笑わなくなった。


 千夜はその中の一人の男の子といつも一緒にいるようになった。千夜が「ほら」と指さすと、男の子はそちらを見て「ホントだ」と言った。そして、二人で秘密めいたように笑うのだった。周りの子供たちは二人に近寄らなかった。


 ある夕方、千夜と男の子は二人で遊戯室にいた。


 千夜は「ほら」と言って、口をあんぐりと開いて、その中を指さした。男の子は中を覗き込んで「ホントだ」と言ってくすくす笑った。


 男の子は、千夜の上顎と下顎を掴んでぐいと押し広げた。千夜の口は、子供が一人入り込めるくらい大きく開いた。喉奥の暗がりから伸びた長い舌が、誘うようにゆっくりと波打っていた。


 男の子はくすくす笑いながら、その中に頭から入っていった。


 千夜は、男の子をすっかり飲み込んでしまうと、唇を舐め、目だけで妖しく笑った。

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