マイ・オールド・フレイム

 祭りの夜、ふらりと外出した男は、ふと目をやった奉納者御芳名の看板にあの女の名前を見つけた。ありえないことだった。


 男は賑わいから抜け出し、足早に女の家に向かった。


 祭囃子が辛うじて聞こえる町外れにその家はあった。主を失って久しい、朽ちるのを待つだけの廃墟だった。


 女はこの家屋の床下に眠っていた。男だけがそれを知っていた。


 初めて会ったとき、女は唯一の身寄りである母親を亡くしたばかりで、この家に一人で暮らしていた。男には妻子があった。それでも二人が関係を結ぶのに時間はかからなかった。男は四十になったばかり、女は十歳年下だった。


 愛人関係が五年も続いた頃、男は女の将来を思って身を引こうとした。今考えるとただ我が身のために考えたことかもしれなかった。


 女は聞き入れず、男も結局別れがたくてぐずぐずした。


 そのうち女がおかしくなった。


 自宅や職場に嫌がらせの電話をかけてきたり、駅で帰りを待ち伏せたりするようになった。女は男に妻と別れるように迫ったが、男にはそれはできなかった。話し合おうとすれば、女はひどく取り乱した。


 徒に互いを追い詰め合い、気がついてみると男は女の首を絞めていた。あれも祭りの夜だった。


 今、男は六十になろうとしていた。


 妻とは二年前に死別していた。二人の子供たちはそれぞれ離れた土地で家庭を持っており、年に一度顔を見せに戻ってくるだけだった。


 男はその家の錆ついた門を押し開いて敷地に入った。


 ふと目を上げると、玄関前に女が立っていた。憂いのある目で優しく笑う女は、出会ったばかりの頃のような姿をしていた。


 女が手招くと、男は夢うつつの表情になって家の中へ消えていった。


 その夜遅く、廃墟から火の手が上がり数台の消防車が駆けつけた。通報の遅れもあり、家屋の全焼を防ぐことはできなかった。


 焼跡から二つの遺体が発見された。


 一つは初老男性の焼死体だった。もう一つは、不可解なことに、白骨化して久しい女性の遺体だった。更に不可解なのは、二つの亡骸が手足を絡ませるようにして横たわっていたことだった。

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