小名木川沿いを走る

 小名木川沿いを走るジョガーは多いが、最近彼らの間で妙な噂が広まっている。


 川沿いを走っていると、向こうから帽子を目深に被った男が走ってきてすれ違うのだという。特に変わったところもない男で、最初は気にも留めない。


 しばらく行くと、先ほどすれ違ったのと同じ男がまた向こうから走ってくる。おやと思ってすれ違いざまにちらりと見るが、帽子のつばで顔はよく分からない。


 またしばらく走っていくと、三度同じ男が向こうから走ってくる。


 今度はかすかに恐怖を感じる。道はまっすぐ。こちらが同じ方向に走っているのに、三度も向こうから現れるなどどう考えても不可能だ。近づいてくると恐怖は増すが、男はただ走りすぎていく。


 更に走っていくと、前方からまたしても同じ男が現われる。まさかという驚きは、一瞬で恐怖に変わる。もはやこの男が普通の人間でないのは明らかだ。


 引き返すことも脇道に逃げ込むこともできないうちに、距離はすぐ縮まる。恐怖に身を硬くしながらも、男から目を離せない。近くまで来ると男は突然加速し、正面から突っ込んでくる。思わずぎゅっと目を瞑る。


 しかし、ぶつかることもなく、男の足音は背後に通り抜けていく。


 何だったのか分からないが、とにかく助かった。


 ほっとして目を開く。すると、男が息がかかるほど近いすぐ横にいて、こちらを覗き込んでいる。そして何とも嬉しそうな声でささやくのだという。


「また見つけた」


 そう言われた者は七日以内に死ぬらしい。


 噂では、その男に四回見つかると「また見つけた」が出るそうだ。


 四回目にすれ違うときに初めて見ることができる男の顔は、顔があるべき場所に何もないとも言われている。


 これとは別に、やはり帽子を目深に被った男が、ジョガーを後ろから追い越していくというパターンもある。やはり四回目に追い越されたとき、男は前に回り込んでこちらを覗き込み、嬉しそうに言うのだという。


「また見つけた」


 どんなに早く走っても、この男からは逃れられないという。


 この男に見つかったら、そのまま同じ方向に走ってはいけない。くるっと反転してもと来た道を戻って走るのだ。


 それでも男がまた姿を現わすことはあるというが、そしたらまた反転して走ればいい。走る方向さえ変えてしまえば、カウントはリセットされて何回見つかっても問題ない。

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