カラスの住処(すみか)
並のカラスよりひと回りもふた回りも大きいその四羽のカラスがはたして兄弟なのか、それともただ仲間というだけなのか、誰も知らなかった。もとはもっとたくさんのカラスの集まりだったが、この一、二年の間に十羽減り二十羽減り、やがてこの四羽だけが残った。いなくなったカラスたちは人間の手にかかったらしかったが定かではない。今更考えても仕方がないと思う四羽は、いつしか似合いの場所に住みついていた。
山の麓に周辺を杉林に囲われた古い寺があった。その寺の裏手にひときわ太く背の高い杉が四本そびえていて、四羽はその巨木の頂にそれぞれ巣を作っていた。巣からは下方の平地に広がる人間の町が一望できた。その町が四羽の縄張りだった。
人間が仕掛けた捕獲の罠をくぐり抜ける度に、カラスには知恵がついた。四羽は互いの連携を怠ることもなく、今やどんな罠もするするとすり抜けた。どこでよりよい食料が手に入るか、どうすれば身を危険に晒さずに済むか、四羽はよく心得ていた。ことによると彼らは人間よりも賢かった。
ある日、四羽がいつものように町のゴミ収集所で食料を探していたときのことだった。何か巨大な物体が空から落ちてきたかのような「ドーン!」という地響きが遠くから伝わってきた。カラスたちは驚き一斉に顔を上げた。我が身の安全を確認するために辺りを見回し、それから互いの無事を知るために他のものと目を合わせた。
自分たちに異変がないことを確かめると、四羽のうち一番身体の大きな一羽が、今の音は自分たちの巣の方角から伝わってきたのではないかということに思い至った。方角だけでなく距離も一致するように思われて、思うと同時に一羽は巣に向けて飛び立った。他の三羽も一番大きなカラスの感じたことをすぐに理解し、あとに続いた。
空に出ると、カラスは四本のはずの杉の巨木が三本しかないのを見た。巣の近くまで戻ってくると、人間がうなりをあげる刃を取り付けた金属機械を巨木の根元にあてがうところだった。それが木肌に触れたとたん、轟音とともに巨木から木屑が吹きだした。近づくのは危険と判断したカラスたちは、周辺の杉に忍んで二本目の巨木が切り倒されるのをじっと見ていた。
瞬く間に、四本の巨木は全て切り倒されてしまった。寝床を失ったカラスたちはひどく不機嫌になり、木から木へ枝から枝へ落ち着かない様子でバサバサと渡った。
しばらくすると、古い寺の境内に人間の子供たちがやってきた。そこへよく遊びに来る町の小学生の男の子たち五人だった。子供たちを見るともなく見ていた一番大きなカラスは、不意に「あの上にとまってみたい」と思った。あの上とは、子供の頭の上だった。
一番大きなカラスは、高い枝から滑り落ちるように美しく飛ぶと、一人の子供の頭上で羽を羽ばたかせて体勢を整え、さらさらとした黒髪に覆われたまだ小さな頭を鋭い爪でがしりと掴んだ。それは思いのほかぴったりの大きさで、カラスはその心地に一瞬我を忘れた。それは恍惚と呼んで差し支えないものだった。
いきなり頭を鷲掴みにされた子供はパニックに陥った。恍惚が思わずカラスの爪を立てさせもしたから、激しい痛みもあった。子供は「ぎゃっ!」と叫んで頭上のものを振り払おうとしたが、その手はカラスの両翼にいともたやすくなぎ払われた。羽を広げたカラスは子供より大きく見えるほどで、力も子供には太刀打ちできないほど強かった。
子供はたまらず上体を折り曲げたが、倒れ込むことはできなかった。それよりも強い力でカラスが上方に引っ張っていたからだ。子供の抵抗はカラスの爪をより深く頭皮に食い込ませ、血が幾筋も顔を伝って流れた。
しつこいもがきに恍惚を殺がれたカラスは、足元の意志ある生物の抵抗を疎ましく思い、股下をぐるっと覗き込む要領で勢いよく嘴を立てた。硬く鋭い嘴の三分の一ほどが子供の右眼にずぼりと突き刺さった。次の瞬間引き抜かれた嘴には、眼球が管をつなげたまま咥え出されていた。
他の四人の子供たちは、目の前で級友の目玉がぐしゃりと挟み潰されるのを見て、黒光りした悪魔の仕業を見る思いだった。と同時に、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
新たに三羽の大きなカラスが舞い降りてきて、倒れた級友の顔面に四羽でたかりはじめた。子供たちは、カラスが尖った爪で乱暴に顔を踏みつけ皮膚を切り裂いて、嘴を突き立てて顔面の肉を食いちぎるのを見ることになった。級友の身体は、カラスについばまれているしばらくの間痙攣を起こし、やがてぴくりともしなくなった。
ひとしきり食べ散らかして腹のくちくなったカラスたちは、身動きできないでいた他の四人の子供の頭を一羽また一羽と占拠し「ギエッ」「クアッ」などと満足げに鳴いた。ちょうど、それぞれの頭がそれぞれの足にぴたりと収まる大きさだった。頭皮を破る鋭い爪に子供たちはやがて痛感を取り戻したが、級友の亡骸を眼前にしてカラスに逆らうことができなかった。そこがカラスの新しい巣になった。
四人の子供は、生きた心地がしなかった。頭上のカラスが鳴いたり羽をバタつかせるたびに背筋が凍りついた。四人はカラスの命じるままに立ち上がった。カラスが口をきいたわけでなく、掴んだ頭をぐいぐい上へ引っ張ったのだ。支配下におかれた子供たちには、カラスの足の力の入れ具合で相手の望むことが分かるような気がした。
子供たちにとって、首にかかるカラスの体重は十分に重いものだった。しかし、少しでもよろけるとたちまち爪が頭深く食い込んできた。また、首や頭に手を添えようとすると、すかさず嘴で突つかれた。子供たちは両足を踏ん張って直立するしかなく、まるで拷問だった。
頭にそれぞれカラスを乗せた四人の子供が直立不動にいる異様な光景が発見されたのは、すっかり日も暮れてからだった。発見者たる大人たちは、最初何かの悪ふざけなのかと思った。しかし、子供たちが脇に転がる級友の亡骸を震える指でさすと、事態はただごとではないと理解した。
それは、誰なのか識別できないほど顔面が無残に食い荒らされていた。しかし、その衣服から分かる人間にはすぐに分かり、現場を取り巻いた数人の大人の一人が悲鳴を上げた。その悲鳴によってカラスの間にざわめきが起こり、子供たちの身体はいっそう強張った。子供のうちまだ余力のあるものが、カラスに逆らうと自分も同じ目に遭うと震える声で告げた。大人たちは思わず数歩退いた。子供たちは人質に取られたようなものだった。
所詮動物のすることだし、空腹になれば餌を求めて飛び去るだろうという大人たちの期待はかなわなかった。むしろ、腹が減ったらあの可哀想な子と同じように我が子を食い殺すのではないか。そんな考えがよぎってぞっとした。大人たちは離れたところに餌をばら撒いてみたり、気を逸らせようと周辺の木を叩いて音を立ててみたりした。しかし、カラスを頭上から離そうとするそうした試みは、いずれも徒労に終わった。
逆に、カラスたちは子供を通じて大人たちに命令した。上等な食糧を持ってこさせ、大人たちを姿が見えなくなるところまで下がらせた。
木陰に隠れた大人たちは、動物だって眠るときがある、そのときがチャンスだと話し合った。そして、交代で状況を見張りながら、救出の具体的な策を練り上げることにした。ところが、驚くべきことに、カラスたちも同じように交代で見張りを立てて睡眠をとったのである。カラスは一分の隙も見せず、少しでも怪しい行動を見せれば子供の命はないと言っているようだった。
そのまま三日三晩が過ぎた。その間ただの一度もカラスは子供の頭上を離れず、周囲への警戒を怠ることもなかった。直立の姿勢を取らされ続けた子供たちは、爪の食い込んだ頭から血が流れて止まらず、意識は朦朧となって白目を剥いていた。
こちらもまた体力も神経も使い果たした大人の一人が、今また木立の合間から状況を伺った。すると、妙な異変に気がついた。子供たちの背丈が急に伸びたように見えたのである。軽率に近寄るわけにはいかず、その大人は別の大人に確かめるよう促した。そうしたところ、やはり四人とも背が伸びたように見えるというのだった。別の大人は、さらに別の恐ろしいことに気づいた。子供たちの足がなにやら樹木のように変化しているというのだ。大人たちは慌てて子供たちのもとへ駆け寄った。
カラスは走り来る人間たちを悠然と見ていた。それはもう警戒をする必要がなくなったということでもあった。はたして、大人たちが恐れたとおり、子供たちの足は樹木のように変化していた。肌は干からびて硬くなり、まるで樹皮のようになっていた。それだけではなかった。その足先がまるで地面に根を張るようにして埋まってしまっていたのだ。急に伸びて見えた背は、奇妙に長くなった首がそう見せているのだとも分かった。その首もまた、木肌のように硬くざらついたものに変わりつつあった。
大人たちは口々に子供の名前を呼びかけた。しかし、白目を剥いて、出血の多さに全身の皮膚が干からびたようになったそれは、間近に見るともはや自分たちの知っているものではないようだった。
四羽のカラスは、憎き人間たちに見せつけてやろうなどとは少しも考えはしなかった。ただ、そろそろ機が熟したと感じたのだ。そして、その黒い翼で大きく羽ばたいて、足で掴んだものを上へ引っ張り上げた。
少し前まで人間の子供だったものの首の部分が、ゆっくりずいずいと上方へ伸びはじめた。カラスが力ずくで羽ばたくと、首だけでなく胴や足までもがずいずいと伸びた。それは三メートル、五メートルとなり、伸びたそばから樹木のように硬いものとなった。あるカラスは空中で回転して伸びるものにひねりを加えた。
それは先日切り倒された四本の巨木と同じだけの高さに達した辺りで止まった。あっという間の出来事だった。大人たちは地面に尻をついたまま、四本の禍々しい樹木のようなものを見上げた。
その頂で四羽のカラスが鳴き声をあげると、それは辺りによく響き渡った。
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