X氏の実験



 彼女ではないはずだ。


 なぜなら、化けては出ないと誓わせたのだから。


 彼女をさらって自宅の地下室に監禁した私は、以後八ヶ月の長きに渡ってじわじわと苦しめ続けた。理由も言わず、相手の言うことに耳も貸さず、ただひたすら私に対する憎しみを掻き立てようと責め苛んだ。どんなささやかな抵抗も握りつぶし、あらゆる背徳行為を仕掛けた。


 彼女自身を傷つけ苦しめるだけではない。友人、ペット、恋人、家族。あるいは名誉や肩書き。彼女の大事なものはすべて踏みにじり、奪い去った。肉体と精神の双方を打ちのめす、終わりのない苦痛。


 彼女にとってはまったく身に覚えのない仕打ちだったし、私にしても必ずしも彼女でなければいけなかったわけではない。納得のいく説明はどこにもない。ただ私の好奇心によるものだという以外には。


 いきなり死なせるわけにはいかなかった。まずは手足の指を一本ずつ潰し、頭の毛を抜いていき、歯を折った。面白がるようにして、食用豚が焼き付けられる焼印を生肌のあちこちに押し付けた。


 彼女が少しずつ弱り、逃げ出すのを諦めた頃から、私は彼女に誓いを立てるように命じた。死んでも化けては出ない、という誓いだ。なぜそんなことを誓わされるのか、彼女は理解できなかったに違いない。彼女にしてみれば、それも私から与えられる理不尽な苦痛の一つにしか思えなかっただろう。


 やがて、拷問の最中にそれを誓うよう迫るたび、彼女は疑問を抱くようになった。なぜそんな誓いを立てる必要があるのか。化けて出るなとはどういう意味か。


 もちろん私は何も答えない。それどころか、私はやがて彼女に喋ることをも禁じた。唯一「化けては出ません」と誓う言葉のみを許して。それを破ったときには、指をへし折り、耳を潰すなどして罰を与えた。


 そうやって形だけでも誓うことを強要し、執拗に強いていくほど、彼女は徐々にその誓いにからめ取られていった。


 私は彼女を使って実験したのだ。その言い方が非情に聞こえるならば、私は知りたかった。ただ純粋に。何を? 果たして、人が死後に化けて出るということが本当にあるかどうかを。そのために、あえて化けては出ないと誓わせたのだ。むしろ、そちらへ導くため。残された選択肢はそれしかないのだと彼女に気付かせるため。


 彼女は、その死に際にさえ「化けては出ませんから」と息も絶え絶えに言ったものだ。もはやそれしか言うことができなくなっていた。言わされているのか、自発的に言っているのか区別しがたかった。もう正気を失っていたのかもしれない。最後には、私はその言葉は聞き飽きたとばかりに彼女の舌を抜いた。おかしなことに、それでも彼女はまだ誓いを述べようとしたのだ。あうあうと、言葉にはならない誓いを。


 私は、これまでの八ヶ月に渡る労苦はまったく時間の無駄だったとでも言わんばかりに彼女の顔に唾を吐いた。そして顔を踏みつけにした。皮膚が千切れるまで、ぐりぐりぐりぐりと足を捻り込んだ。顔にある穴という穴からぶくぶくと血泡が吹いた。彼女の全身がびくびくと痙攣した。


 私は、生きたまま彼女を解体しはじめた。台座に四股をがっちりと縛りつけ、まずは左足を膝の上のところで切断しにかかった。舌のない彼女は叫び声を上げることもできなかったが、拘束具を引きちぎらんばかりにのたうち、暴れた。


 まだそんな力が残っていたことに感心しないではなかった。胴体を臍の辺りで切断しようとすると、彼女は陸に上がった魚のように威勢よく跳ねた。しかし、胴の三分の一も切らないところで彼女は力を失い、ついに絶命した。私は、それでもしばらく解体作業を止めなかった。


 それから私はじっと待った。ほとんど原形をとどめておらず、一つにつながってさえいない彼女の亡骸を地下室に放置したまま。ただじっと。


 どうも加減を誤ったような気がしはじめた。私は考えた。彼女の中には、いつしか恨みや憎しみとは別の感情が芽生えていたのではないかと。それはこんな風に言ってよければ、愛情と呼んでも差し支えのないような何かだったのではないか。少し時間をかけすぎたのかもしれない。そもそも、化けて出るかどうかということが、愛憎の感情と何らかの関係があると考えること自体、おかしいのかもしれないが。


 どうでもいい。


 ついに出てきたのだから。


 そこに佇んでいる。


 もはや彼女ではない、何か別のものが。

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