人類から遠く離れて
人類が滅亡してから早くも一万年が過ぎようとしている。あまり確かな数字とはいえないかもしれないが、まぁ十万年だろうと同じことだ。
今でも私は思い出す。人類最後の一人となった男を恨めしんでやろうと、彼の人の枕元まで急いだあの日を。途中、大勢の同業者に会った。誰もが持ち場を離れて、現場へ急行していた。しかし、その努力が徒労に終わると分かっていない者はいなかった。なにしろ現場はブエノスアイレスだったのだから。
日本にいた私にとって、それはほとんど地球の裏側だった。おまけに西周りで行ってしまったのだ。そうすれば大西洋を越えざるをえない。我々にとって海を越えることほど難しい注文はないというのに。
シルクロードの途中で道を誤り、散々迷った挙句ようやくロシアの大地に抜け出た頃、人類最後の一人が絶命したという報せが伝わってきた。
こうして私は最後のチャンスを逃したのだ。
報せを聞くと、誰もがむっつり黙り込んだ。そうでなくともむっつりしがちな連中ではあるが。我々は職を失った。フィナーレをどういう恨めしみ方で決めてやろうかと、あれこれ考えたことも無駄に終わった。もともと私の恨めしみ方のバリエーションは少ないのだが。「わっ!」とか、「ずーん」とか。
人類がいなくなってからしばらく、私はすっかり途方に暮れていた。
あるとき、ふとひらめいて、手近な他の生き物を恨めしんでみることにした。ものは試しだ。犬に、馬に、ハエに、ザリガニに、蚊に、豚に、「わっ!」と。
まるで相手にされなかった。
自棄を起こして、生き物でないものまでも恨めしんでみた。崩れた壁に、生い茂った草花に、石ころやプラスチック容器に、打ち棄てられた自動車に、「ずーん」と。
ひどく疲れただけだった。
私はただ人類を恨めしんでやるしか能がなかったのだろうか。どうやらそう認めざるをえないようだ。
もう何もやることがない。
この先ずっとそうなんだろうか、何万年も。
気が重い。
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