幽霊VSプレデター

 ある夏の晩。


 北関東の寂れた町の外れにある廃墟付近に、宇宙の彼方から一体の血気盛んな若いプレデターが飛来した。惑星の仲間に内緒で、一人こっそり狩りを楽しむ目的だった。


 地球と呼ばれるこの惑星に関する情報は多くなかったが、戦闘力の高い生物はほとんどいないという。狩り慣れしていない若いプレデターにはもってこいの場所に思われた。あるいは、やりたい放題したい者にも。ケケケケケ。


 彼は、手はじめに近くの廃墟から調べた。あっという間にネズミやノラ猫といった小動物を数十匹仕留めたが、それではとてもじゃないが物足りない。彼が探していたのは、人間という生物。正確なデータはなかったが、二足歩行で、身長はおよそ150~180センチメートル、体重はおよそ50~80キログラムの生物だという。


 この惑星の支配的存在だというその人間という生物は、多少狩り甲斐があると噂だった。武器を手に反撃してくる人間もいれば、ピーピー泣き叫んで逃げ惑うだけの人間もいるという。彼にとっては、そのどちらを仕留めるのも快感だった。


 しかし、彼はその人間が見捨てた場所こそ廃墟と呼ばれるということをまだ知らなかった。それも無理のないことだった。


 いくら探しても人間が見当たらないので、彼は場所を変えようとした。そのときだった。彼は背後に何か気配を感じた。ハンターの直感が身体を勝手に緊張させた。彼はさっと後ろを振り返ると、サーモグラフィーに切り換えて辺りを見回した。ところが、体温を持った生物はどこにも見当たらなかった。物陰にも何も潜んでいない。ヘンだな。彼は思った。


 引っかかるものを感じて、彼はまだチェックしていなかった地下も調べることにした。


 階段近くの部屋から、奥へと順々に調べていった。何も見つけられないまま一番奥の倉庫の前へ来ると、彼は錆びた扉を一思いに蹴破った。しかし、中にはまたネズミがチョロチョロと這っているだけだった。チッ。


 さっきの気配は気のせいだったかと、彼はその場を引き払おうとした。


 そのとき、彼はまた背後に何かの気配を感じて、身体を強張らせた。


 今度こそ、明らかに何かが彼の背後を取っていた。これまでただの一度もこんなにたやすく背後を取られたことがない彼だった。屈辱を味わいながらも、彼は焦ることなく相手をじっくり引き寄せた。そして、相手が十分に距離を詰めてきたところで、腕に仕込んだ鋭い短刀で振り返りざまに斬りつけた。これで一丁上がり。ケッケッケ。


 ところが、手応えはなかった。そのため刃は虚しく空を切り、勢い余って彼は己の逆の腕を斬りつけることとなった。


「キィィィィィ~!」


 彼の腕から、緑の蛍光色の血が噴き出した。


 彼は自分の血を見るのが好きではなかった。それですっかり頭に血が上り、肩に装着したプラズマキャノンで辺りかまわず撃ちまくった。許サネェ、死ネ死ネ死ネ!


 しかし、手応えはまったく感じられなかった。どうも一階へ逃げて行ったらしい。なんてすばしっこい野郎だ。彼は急いであとを追った。絶対殺してやる。


 いる。そいつがまだ建物の中にいるのが、ハンターの勘で分かった。と同時に、彼は怒りに打ち震えた。そいつはやる気なのだ。ここで、このオレと。オレ様と。


 これが人間だというなら、最初から人間最強の相手にぶつかったのかもしれない。相手に不足はない。首を取って惑星の仲間に見せびらかしてやる。彼は考えた。


 臨戦態勢になってそいつの姿を探した。全身の神経を尖らせ、慎重に歩を進めた。どこにも隙がなかった。こうなってしまったプレデターを相手にするのは非常に厄介だと、宇宙では広く知られていた。


 ところが、彼はまたしても、いともたやすく後ろを取られたのだった。


 後ろから首を絞められ、彼は呼吸にあえいだ。しかも、彼の怪力をもってしてもそれから抜け出すことができなかった。そんなバカな。彼は何よりも精神的に大きなダメージを受けた。


 思い切り身体を捩じらせて、彼は何とか脱出した。その拍子に、装着していたヘルメットが弾け飛んだ。蟹を思わせる奇怪な口を持った醜い素顔を不本意にさらすこととなった彼は、そのとき初めて自分自身の目でそいつの姿を正面に捉えたのだ。


 それは人間という生物に極めて似ていた。ぼんやりと突っ立って、身長は150~180、体重は50~80。そんなところだろう。だが、どこかが違う。そいつは、輪郭がぼやけていて、実在感がひどく乏しかった。まるで影みたいだった。他のどの惑星でもこんな種類の生き物は見たことがなかった。これは、人間と呼ばれる生き物なのか? その仲間なのか?


 彼は首根っこを掴まれ、二メートルを越す巨体を軽々と放り投げられた。壁にぶち当たり、崩れたコンクリに埋もれた。何とか起き上がると、すぐまたそいつが迫ってきた。彼は再び肩のプラズマキャノンをお見舞いした。今度こそ確実に捉えた。そう思った。しかし、プラズマ弾はそいつをすり抜けてしまった。


 彼はそいつにいいように殴られた。殴られたのだと思うが、具体的に何をされているのか分からなかった。重い打撃をあちこちに食らった。すべてが彼の理解を超えていた。一方的にやられながら、彼はどうやら勝てないらしいと悟った。


 同時に、だがしかし、と考えた。こんな最果てのちゃちな惑星まで来て、おめおめと負けて帰るなんて考えられない。このままただで引き下がるわけには絶対にいかなかった。彼にもまた戦闘民族プレデターとしての誇りがあった。


 腹に強烈な一撃を食らって吹き飛び、彼は地下へ下りる階段を転がり落ちた。頭を強く打って気を失いそうになったが、何とか持ちこたえた。そして、腕のタッチパネルを開くと、震える長い爪で何とか操作した。そいつが地下に下りてくるのが分かった。彼はあるプログラムをセットすると、傍らに立ったそいつに向かって不気味に笑い出した。ケ、ケ、ケケケのケ。


 笑い続ける彼の傍らで、そいつはただぼんやり立っていた。


 数十秒後、プレデターの自爆によって、周囲の半径約一キロメートルが廃墟もろとも跡形もなく吹き飛んだ。しかし、それも結局、そいつには何のダメージを与えることもできなかった。


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