校庭の木


 私が通っていた小学校には、校庭の真ん中に樹齢二百年と言われる銀杏の大木があった。


 ある放課後、私と同級生のMは、担任から校舎裏にある菜園の草むしりを命じられた。何かの罰だったはずだが、理由は忘れてしまった。喋ったりふざけたりしながら働いて、日が暮れてきた頃になってようやく担任がもう帰っていいと声を掛けに来た。ずいぶん遅い時間になっていた。今思うと、担任は言いつけたきり忘れてしまっていたのかもしれない。


 私とMは、道具を片付けて手足についた泥を洗い落とすと、教室に鞄を取りに戻った。二人の足音が廊下にぺたぺたと響いた。職員室の先生たちを除いて、校舎には誰一人残っていなかった。


 Mがトイレに寄ると言うので、私は先に校舎を出て待つことにした。ぼんやり夕焼けを見ながら、銀杏の木まで歩いたのを覚えている。ちょうど、下駄箱と校門の中間にその木があったのだ。木の下で、私は地面の小石を靴先で蹴ってみたり、落ち葉を拾って弄んだりしてMを待った。


 ふと、上の方でカサカサと葉の擦れ合う音がした。上を見るより早く、私の傍らに何かが落ちてきた。銀杏の実だろうかと見てみると、一本のシャーペンだった。怖いとか恐ろしいという感じはなかった。ただ不思議に思って見つめていると、またすぐ後ろに何かが落ちる音がした。今度はプラスチックの12センチ物差しだった。


 私は思わず上を見上げた。一瞬、何かいるように見えた。しかし、枝や葉に邪魔されて、よく見えなかった。幹に寄ってみたり、少し離れてみたりして、目を凝らした。


 すると、高く伸びた幹の中ほどに、何か妙なものが張りついているのを見つけた。肌が樹皮の色に似ていて見分けがたかったが、どうも生き物らしい。呼吸のたびに腹が少し膨らんでいた。人ほどにも大きな爬虫類、いや、爬虫類のような人間だろうか。頭を下にしてじっと動かない。


 やがて、その生き物がうっすらと目を開いた。私の方を見たわけではなかったが、視線を感じたのだろう。生き物は急に身を翻すと、長い胴体をくねらせてトカゲのような動きでざざざざっと幹を這い登っていった。その姿はすぐ見えなくなってしまった。


 Mが来るまで、私は呆然となったまま木を見上げていた。何だろうとつられて上を見上げるMに、私は今見たもののことは何も言わなかった。それから、私はその木のそばをなるべく通らないようになった。




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