髭オヤジ

 また死んだ、クソッ。


 今日も朝からゲーム。最近ハマってるのは、口髭を生やしたオヤジキャラが活躍する人気アクションゲームのシリーズ最新作。第一作からすべてやってきているが、今回はやけに難易度が高くてなかなか攻略できない。死ぬたびに頭に来てコントローラーを床に叩きつける。


 プレイヤーが死ぬと、ポテッと横たわったキャラクターの体から魂がひゅうと抜け出る。羽が生え、頭に光る輪っかを浮かべた、向こうが透けて見える髭オヤジ。魂は天に召されるようにゆらゆら浮き上がって、画面上方へと消えていく。シリーズ全作でお馴染みの光景だ。


 中盤に、土管から人食い花モンスターが突如飛び出してくる難所がある。


 やたらすばしこい亀がせっせと吐き出す火炎をかいくぐりながら、穴ボコだらけの足元に気を取られて進んでくるため、どうしても人食い花モンスターが回避できない。


 そしてまた死んだ、クソッ!


 何度やられたか数え切れないくらい死に倒したそのとき、別の展開になった。


 髭オヤジの魂が画面上方に消えていったかと思うと、デジタル映像と三次元世界の狭間をどうにかしてかいくぐり、こちらの世界へ浮き上がってきたのだ。


 呆気に取られていると、髭オヤジの魂はふわふわと近づいてきて、不敵な表情を浮かべながらオレにまといついた。こちらを横目に見て、ふわふわふわふわ、じっとしない。


 気味が悪くなって、まるでハエを追い払うみたいに髭オヤジを手で払った。しかし、あちらもまるでハエみたいに、こちらの手をことごとくかわす。スルッ、スルッ。


 カチンときて、手近に転がっていたコミックを掴み、手当たり次第に投げつける。掠りもしない。閃きに襲われ、ゲームの電源を切る。これで勝利とばかりにへっと見やると、奴は変わらずふわふわ浮かんでいる。オレを蔑んだその目つき。とうとうキレて、手刀の嵐をお見舞いするが、一発も当たらない。


 息を切らすオレ、汗もかかずに浮かぶ髭オヤジ。こいつはオレに取り憑いたのだ。


 それからが不幸のはじまりだった。


 財布落とす。携帯なくす。ゲーム機壊れる。階段を転げ落ちて二箇所骨折。ケーキに当たって食中毒。祖父二人が相次いで死亡。大学の同級生がバイク事故。従兄弟の家、炎上。姉貴、流産。実家がつまらない詐欺に引っかかる。母親、倒れる。


 こちらも黙っていたわけではない。しかし、たまに不意打ちを仕掛けてもことごとく回避された。水やら熱やらを浴びせてみるとか、電磁波を浴びせてみるとか、お守りを身につけてみるとか、何をやっても効果なし。その度にやつは「おいおい、まだ分からないのかよ」とでも言いたげな目つきでオレを見る。イライラする。


 いつのまにか、髭オヤジが主役を張るシリーズすべてに共通する例の有名なテーマ音楽が、頭の中でひっきりなしに鳴るようになった。止めようと思っても止められない。


 それから、頭が割れんばかりの激しい頭痛が発作的に起こるようになった。頭痛が起こる間隔は次第に狭まっていき、やがて頭が痛くないときでも何も考えられずにぼーっとするばかりになった。その間も髭オヤジはずっとふわふわ浮かんでいた。


 あるとき、髭オヤジが耳元で呻くように言った。


「一体何回お前に殺られたことか」


 それとも、そんな声が聞こえただけかもしれない。


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