けもの飯

@t_tsugihagi

けもの飯

助けてほしいのだーっ 誰か助けてほしいのだーっ


声が助けを呼んでいた。

日は天頂を傾き、穏やかな、誰もが眠くなるような時間になって、えづきながら叫ぶ彼女の声も分厚く暖かな空気に溶けてしまう。

ただの鳥が鳴いている。


先程まで彼女もけだるい昼寝のなかにいた。

しましまの尻尾を丸め、昨日見つけた気持ちの良い屋根付きの寝床で、友人の大きなふわふわの尻尾を抱いて眠っていた。

今、快適だった寝床は崩れ、重い瓦礫になり、ふわふわの友人は中にいる。


この島に地震は多い。遠くに見えるあの山のてっぺん、そこにあるサンドスターの活動が活発になったとき、地面は震えるのだった。きらきらと光るサンドスターのかけらが山頂から、虹色の雪のように(彼女は雪をまだ見たことはないが)森や平原に降り落ちた。

今回の地震も、サンドスターのせいだった。落ちた虹色が、彼女の周りの地面でまばらに輝いている。

普段なら、降り注ぐサンドスターは新しい彼女たちを誕生させる喜ばしい出来事だ。ただ、この島にある廃墟の多くが、手入れもなく長い時間と島の風、断続的に続く地震に、それほど形を保っていられるほど丈夫ではなかったのである。

先に建物のきしみに気がつき、寝ぼけたままの彼女を窓から外へ放り投げたのは彼女の友人のほうだった。崩れるときはあっという間だ。


アライさんがいけないのだーっ 満腹で眠くなったアライさんがいけないのだぁー フェネックぅう 誰かあーっ 誰か助けてなのだーっ フェネックーっ 誰かフェネックを助けてなのだーっ


あっ アライさんがどかせばいいのだ。

そうかー! 待ってるのだっ いま助けるのだーっ


瓦礫と地面の隙間をひっかいていた彼女は、やっと瓦礫を持ち上げる。

しばらくせっせと掘って、倒れた壁の下から友人を取り出すことができると彼女はようやくほっとしたが、同時に不安にもなるのだった。友人はぐったりしている。暖かかった体も冷たく、あの心地よかった黄色い毛並みも土埃と血でべとべとに汚れているのだ。


彼女はどうしてやればいいかわからず、ぐにゃぐにゃと力の入っていない友人はとても嫌な感触だった。もしかしたらもう一度温めてやればいいのかと思って抱きながら、肌や毛に着いて固まった血や破片を手ですいて拭う。

しばらくそうしていたが、友人の尻尾に埋めていた顔を彼女は上げた。いつのまにか、4、5体の青く小柄なけものが彼女たちの周りに集まっていたのだ。


ボスなのだっ。ボス、フェネックが動かないのだ。助けてなのだあ……


ボスと呼ばれた青いけものたちは互いに顔を見合わせて、話し合うように目を瞬かせていたが、唐突に彼女の膝に乗っていた友人を分担して頭の上に担ぎ上げた。


どっ、どこへ連れて行くのだ?


友人を引きずって、森の奥へと入っていく。彼女は焦って追いかけるも、相手は無言のままである。だんだん彼女は不安になっていく。時々引きずられる友人は木の葉や泥で汚れていくし、ぶらぶらと揺れる右腕が地面をこすっている。


もうちょっと丁寧に扱ってほしいのだ! フェネックをどうするのだ!


行き先はあまり遠くない。開けた場所にある、高い煙突の付いた建物だ。近くに小川が流れ、そこで回る水車がまだその施設を生かしていることを彼女は知らない。近くには花畑が広がっていた。


建物の前まで来ると、腰まで持ち上がったシャッターに、けものたちは友人を押し入れた。彼女はびっくりして、自分も入ろうとしたところ、一匹のボスが彼女の前に立った。


アライさんは入っちゃだめなのだ?


けものは頷くようにぴょこんと跳ね、シャッターの向こうへ行ってしまう。


扉が錆びついた音を立てて締まり始めた。


建物の叫び声のようで彼女はなんだかとても怖くなり、しゃがんで友人の消えた隙間を覗く。目が光る小さなけものに運ばれる友人の影。その先の暗闇には、不定形にうごめく、おおきな目玉があった。


フェネックーっ! フェネックぅーっ!


厚い戸が地面につくまで、彼女は隙間に叫び続けた。


日は沈んでいた。

閉まったシャッターに背を着けて、座り込む彼女は膝に顔を埋めていた。建物の周りで、蔦の這った背の高い棒の先が、1つ2つと灯った。


大きく軋む背中の振動で、バネを仕込まれたように彼女は飛び起きた。

シャッターが再び開いていくのだ。


口をつぐんで見ていると、隙間がもったいぶるように持ち上がった。

期待に鼓動を跳ねあげていた彼女は、またたく間に意気消沈する。


ボス……。


シャッターをくぐって現れたけものは、頭の上の籠に山盛りの食料を載せていた。できたてらしく、黄色いまん丸の食べ物は湯気を立てていた。


ジャパリまんなのだ……。


くれるのだ? ぐすっ……ありがとうなのだ……。


けものは彼女が隠れてしまうほどの食料が積まれた籠を渡すと、シャッターのなかに戻った。すぐにシャッターは締まりだし、ジャパリまんはいいのだ! フェネックを返してなのだあ! 両手で籠を抱きながら慌てた彼女は友人の名を叫んで呼ぶも、扉は再び締り、二度ともう開かない。


ううーっ…… うううう フェネックぅう…… うう……


理不尽に涙をこぼしながら、彼女はジャパリまんを小川で洗っていた。ふやけたものを鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で頬張る。それはいままで食べたことのない不思議な味だ。この味を友人にも食べさせてやりたく、籠の中に一人で食べきれないくらいあるはずなのに、それができないことに彼女はまた泣いていた。


ふいに地面がバウンドし、彼女はひっくり返る。反転した夜の闇のなか、光り輝いたサンドスターが、虹色の結晶を吐き出していた。この日、二度目の噴火を彼女は再び仰向けのまま眺めていた。


サンドスターの噴火なのだ……。綺麗なのだ……。

フェネックにも見せ……のだっ、のだ……のだあぁーっ!のだっ!のだっ! あー! 籠の中の……じゃぱりまんが光って……ものすごい速度で回転をはじめたのだ!!!いくつもいくつも……止まらない……アライさんのじゃぱりまんが止まらないのだ……! あー! あー! フェネック! 見てほしいのだ!いないのだ!見てほし……すごいのだ!ものすごい回転が止まらないのだ!フェネ……いないのだぁ! いな……


いるのだーっ!


フェネックなのだーっ!


虹色の光の中、気づくと彼女の傍らには友人が座っていた。

まだ虹の輝きが残る友人に彼女は飛びついた。きょとんとした顔に頬ずりしながら、嬉しさのあまりわあわあと泣いた。


フェネック! どこに行っていたのだぁあ! 心細かったのだあっ!

アライさん、ボスからもらったじゃぱりまん、いっぱい残してあるのだ。フェネックと一緒に食べたかったから一個しか食べてないのだ。ここにほら……ないのだぁーっ! あんなにあったのに、しかも光って回って……アライさんのジャパリまんがなくなっているのだー! 回転して……見てほしかったのだ、うそじゃないのだあー!


 フェネックと呼ばれた黄色い彼女は、まだここがどこかもわからなかったが、ただ自分の上にのしかかって自分を抱きしめている、そのしましまの彼女がどうも愛おしく、まるで自分の一部であるかのように愛おしく、彼女のお腹をなでては微笑み、黄色く輝いたまん丸の月を見上げるのだ。

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