私はハヤブサなんだから

@t_tsugihagi

第1話 私はハヤブサなんだから

 早く助けてもらえて良かったじゃない。

 記憶も失ってないし、元の動物にももどってないし!


 と、ハンターに助けられたハヤブサへ、みなは口々に言ったが、ハヤブサはその意味がひとつもわからなかった。安堵する周りの顔も、心配していた者の笑顔も、すべてどこか小さな砂粒になって実感がなく、ひとりだけ遠い空の上から見ていたようだった。

 いったいなにが良かったのか。

 もう空を飛べなくなったのに、このどこが良かったのか。

 ハヤブサは彼女たちに教えて欲しかった。

 どうか、教えてほしかった。


 ハヤブサは最速だ。なによりも速い。

 彼女の得意なことは空を飛ぶことだと自負していた。

 空を切って飛んでいるとき、ハヤブサは嵐の一部になったように感じたし、どこまでも高く遠くへ行けた。空の上から稲妻となって舞い降りた。翼から放たれる虹色の輝きは火の粉になって、日中の空を鋭く引き裂いた。ほかのどの仲間よりも速く他のフレンズを運べたし、誰よりも速くいろんな場所へ飛んでいけた。

 セルリアンに食べられたフレンズはサンドスターの輝きを奪われる。ハヤブサは飛べなくなって初めて、自分はサンドスターの能力で空を飛べていたことに気がついた。もう翼を羽ばたかせても虹色の光は舞わないのだ。力を失った羽根はからだを小石の背の高さも浮かせはしない。そもそも、羽ばたいていただろうか。飛んでいるときは夢中で、あの飛び方すら思い出せない。

 これならいっそ、記憶も失ってあの風の心地よい感触も忘れてしまったほうがずっとマシだった。それか、元の動物にまで戻れれば、自由に翼で空を飛べたのか?

 ハヤブサは、あれからずっと地面を歩きながら、そう思っている。

 

「やあー、ハヤブサ」

 だがこの地面の上で、ハヤブサは出会ったのだ。

「はじめましてぇ。わたし、ドードー。ハヤブサと友達になりたいんだぁ」

 ずんぐりとして、見るからにのろまそうだった。

 ハヤブサは彼女を鬱陶しく思った。なのに毎日、無視して歩く彼女に着いてきては、話しかけてくることになる。


「ハヤブサー、おいしそうな木の実だよぉ、一緒に食べようよぉ」

「見て見てー、ハヤブサぁ、へんな寝癖になっちゃったぁ、えへへへへ」

「そうだぁ。わたし踊るのが得意なんだぁ、見てよぉ」

 ドードーはふらふらと不格好なステップを踏んだ。上手とはとてもいえない。

ハヤブサは、普段どのフレンズも回り道をするか、飛びこしていく沼の道に入っていった。さすがに何処かへ行くだろうと思ったのだ。なのに、ドードーは飄々としてハヤブサの後ろに着いてくるのだ。鈍くさく、転んで、飛べないハヤブサよりも際立って泥だらけになっていく。

ハヤブサはついに怒った。

「君はずっと私にまとわりついて、そんな泥だらけになってまで、私をバカにしているのか!? 私が飛べないのがそんなにおかしいか!?」

 みんな飛べない私に呆れている。違いないのだ。誰よりも速く飛べることが全てだった。私より飛ぶのが遅い鳥のフレンズのことを、私は本当は。

「わたしも鳥のフレンズだけど、飛べないよぉ」

 鼻の頭に泥をつけたまま、にこにこと笑って、ドードーは言った。


「わたしは空も飛べないし、歩くのだって得意じゃないけど、誰とでも友達になるのが得意なフレンズなんだよぉ」

 友達になるのが得意とか自分で言うものだろうか? とハヤブサ。

「……友達になれるまで、着いてくるからな」

「えへへへぇ」とドードーはなぜか照れている。

 ハヤブサはドードーに、少しづつ話していた。

 夜空には星が出ている。ハヤブサは翼の周りに散らばる虹があの夜空の星のようだと思ったことがあった。昼間でも自分はあの光のなかにいられたってことにいまさら思い至って、自分は翼を失ってからずっと地面を見続けていたのだとやっと気づいた。

「なんだー」

 夜の森に機械の残骸が墜ちている。それがかつて空を飛んでいたとふたりは気づかないけれど。折れた翼のたもとで、ドードーは落ちた月明かりにステップを踏む。

「ハヤブサは空を飛びたいって思うのが、誰よりも得意なんだねぇ」


 木やツタ、かつてヒトの残していったビニルシートを廃墟から集めて準備を進めた。製作は遅々と進む。ふたりとも手つきは不器用だ。けども、着実に出来上がっていた。ただ空を飛ぶことが、こんなに努力を必要とすることだったなんて、当たり前のように飛んでいたときは思いもよらなかった。

 飛べない鳥のドードーも、空を飛びたいと思ったことがあるのだろうか。

 ドードーの発案だ。空を飛ぶ方法を探しに行こう。そう言ったのだ。

 かつてヒトは道具で空を飛んだという。図書館に住む博士と助手は、分厚い本から古めかしい写真を見せた。

「これが初めて空を飛んだヒト、リリエンタールなのです」

「これは、はんぐぐらいだぁ、というのです」

「ヒトでないおふたりがまねをするのは難しいくらいなのです」

「でも不器用さんのおふたりでも、がんばれば作れるかもしれません。保証はしませんが」

「絵はここにあるから仕組みは我々が教えられます。我々は賢いので」

「ですが書いてないことはおふたりで解決してください。我々も暇じゃないのです」

 材料を集めるのには他のフレンズにも手伝ってもらい、木の加工に火を扱うのにはヒグマの手を借りた。ドードーは本当に友達が多かった。


 その小高い丘には、多くのフレンズたちが集まっていた。

 はんぐぐらいだあっていうんだって。おおきな翼だ。あのところは私が手伝ったんだぜ。あそこは私ですー。本当にあんなので飛べるの? 飛べるよ!

「ハヤブサ、緊張してる?」

 手作りの翼を背にしたハヤブサに、ドードーが尋ねる。

「まあね」

 木の骨組みと、シートをつぎはぎして作った。わからない部分は、自分の飛べない翼をかたどった。またこの翼で飛べたら良い。だからといって、もうこれは自分ひとりが飛ぶだけの翼ではなくなっていた。

「それじゃあ、行く」

 向かい風だ。とてもいい。

 ハヤブサは胸の前のバーを握り、助走を着けた。あれほど悔しかった二本の脚で駆けた。願った。そして地面を蹴った。

 その日、飛べないハヤブサはほんの少し空を飛んだ。

 それは、飛べない動物が道具で初めて空を飛んだ大昔と、なんの因果だろう。同じ距離だったのだというのは、できすぎだろうか?


 地面にひっくり返ったハヤブサに、ドードーが抱きついた。

「すごい!すごい!」を満面の笑みで連呼するドードーを体の上に載せて、仰向けのハヤブサは空を見ていた。歓声と駆けてくる大勢の足音が聞こえる。

 風の感触、空を飛ぶ感覚。自由に飛んでいた頃と比べれば、それは些細なものだった。しかし傍に転がる手作りの翼を見て、あったのはいままで感じたことのない大きな達成感。

 胸で息をしながら、ハヤブサは聞きそびれていたことをドードーに聞いた。

「そういえば、なんで私と友達になりたかったんだ」

「ハヤブサがどんなふうに飛ぶのか見てみたかっただけなんだぁ」

 見れてよかったよぉ。そうか。じゃあ次はもっと上手に飛んでみせる。

 もっと良く作る。図書館でまた調べよう。もしかしたら、みんなと一緒に飛べるかもしれない。この誰でも飛べる、星の瞬かない翼で。翼の周りで沸き立つ友達と、満足げな親友を抱きしめた。飛べない私がみんなの翼になればいいのだ。

 もっともっと、いけるんじゃないか。いつか夜空の星の先まで。

 連れてってやるさ。最速で。私はハヤブサなんだから。

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