らいよんとかばん

@ijuksystem

第1話

 合戦の後、かばんと話した。


 いい子だった。手先は器用だし、頭がいい。たまにあたふたしてるけど、穏やかで落ち着いた話し方はすごく分かりやすくて、私どころか、ヘラジカの仲間たちからも信頼を得たっぽい。そのへんは確信があって送り出したんだから、無責任じゃないよ! 大丈夫だと思ったからしたことだよ!

 すごいよね! 私だって、そんなに乱暴な自覚はないけれど、ヘラジカたちとは全然分かり合えないまま、合戦をしたりとか、こんなにこじれてしまったのだ。何度も話し合おうとしたけれど、うちの子たちと一緒に赴くだけで、何でかあちらの敵意をますます高まらせてしまった。


 それを簡単に終わらせたかばん!

 本当にすごい! うちの群れに入って欲しいけど、彼女はまだ旅の途中らしくて、としょかんを目指して、ゆくゆくは自分の縄張りを探したいらしい。

 縄張りは大事。だから、無理に止めることはできなかった。けれどとても惜しいと思ったから、二人きりでしばらく話した。


 かばんが私に言った。


 自分が何のどうぶつか分からないし、何にも覚えていないし、縄張りも分からないし、そもそも何ができるか分からない――。

 僕、全然だめで。


 そうかな? と思った。そんなことないと思った。だから、そう伝えた。

 だって、君たちが来なかったら、きっと誰か怪我をしていた。

 君のいいところ、得意なこと、君はまだ自分で分かってないだけなんじゃないかな。

 かばんが何のフレンズかは私にもまだ分からないけれど、きっと良いフレンズだと思う。


 かばんは頬を赤らめて、まっすぐに私を見つめて。興奮したように言葉を続けた。


「みんなもそう言ってくれました。サーバルちゃんも。ありがとうございます。本当に嬉しくって。だから、だから僕……」


 ちょっと涙ぐんでいた。私は慌てて、

「もしかして、お腹痛いのか? なら床で丸くなってごろごろした方がいいぞ」

 とか言いながらかばんの真っ黒な毛を撫でた。

 かばんは私の引っ込めた爪と腕の重みに押し倒されて、素直に床に転がって私の掌を頭に頬にわしゃわしゃと受けた。

 くすくす笑いながら、「食べないで下さいー」とか言ってる。なんか余裕。泣いてた癖に。


「ばか。食べないよ」

 とりあえず否定すると、まるで私の返事を知っていたかのようにさらに笑った。不思議な子だった。


 耳の後ろや喉や、腹を撫でてやった。爪が出ていたら大変なことになっちゃうので、もちろんすごい手加減した。そうしたら、すごく嬉しそうにくすくす笑うので、繊細な手加減っぷりにますます気合が入った。もし私の群れに幼い子供がいたらそうするだろうことを、私はいっぱいした。ごろんごろん転がって。


「かばんは何が怖い? 食べられること?」


 そんなことを聞いたかも知れない。けれど、ごろごろしている間にかばんはものすごい笑顔で、楽しそうで、もう何も怖いことはないです、なんて言っていた。

 あれだけ不安を私に語ったのに。私の群れに入りたいって告白に聞こえてたのに。


 かばんの腕の中で私も丸まりながら、私の方がずっと大きいのだけれど、これはもう仕方ない! かばんは手先が器用で、私の鬣や喉を丁寧に撫でる指先はもうすっごい繊細で、私が今まで一人でしていたように、床に背中をなすりつけながら、もうごろんごろん――。


 知らないことは怖い。分からないことが怖い。そんなことを言っていた、ような。


 でも、みんな話しかけたら返事してくれて、とても優しくて。僕のことを考えてくれる。どこへ行っても。誰に会っても。

 びっくりした。信じられない。こんな世界、いつまでも醒めない夢みたい――。


「よく分かんない。それの何が変?」


 喉をゴロゴロ鳴らせながら、ああ、気持ちいいのに抗えないやせいがー! ああもう気持ちいい。ごろごろごろごろ。

 かばんの喉が鳴らないのはずるいと思った。仮声帯を備えていないらしいから、きっとかばんはネコ科じゃない。


「思い出せないとか、分からないとかって、全然、怖いことじゃなかったんですね……」


 かばんの繊細な指先にごろごろごろごろ言わされている私。この万夫不当のテクニシャン! いったい君は何のフレンズなんだー?

 としょかんでそれが分かるといいね!!


 せいいっぱいの威厳でそう会話を締めようとしたけど、かばんの手があんまり気持ちよくて、めっちゃ腰がふにゃってなった。

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