第1話 この根暗に転生を
元の世界——東京での暮らしはなんと形容すればいいか。
可もなく不可もない。両親は共働きで兄弟はいない。寂しくなかったとは言わないが、それも小学校のころに卒業してた。家で一人なのが当たり前だったから。
友人関係もあまり多い訳じゃなかったが、不便というわけでもない。体育の時間でペアを組むときは待っていれば余った人間と組んだり、教師から別途で指示を受ければよかった。
で、どうして俺がこっちに転生したのか? 大した話じゃない。
高校の入学式で車に轢かれて死んだ。美少女が乗ってる黒い高級車じゃなかった。あれはラノベの世界だけの話だ。いやここも大概だけど。
そんなことで俺はあの世に逝くことになった。が、そこで問題が起きた。
転生の手続きでトラブルが起きた。
異世界に転生、これ自体は成功したが、問題は転生先だ。
——空を自由に飛ぶという人類の夢を結果的に叶えた
魔法陣に吸い寄せられ、強い光に包まれて着いた先は空の上だった。林檎が木から落ちるようにまっすぐに空から落ちた。ちなみに頭から落ちた。グギッって首が鳴ったのはたぶん一生忘れないと思う。
暗い空間に向かい合うように置かれた椅子にお互い向かい合うよう俺と女性が座っていた。
藍色のゆったりとした修道服とベール。銀髪のロングは背中まで届いていた。
儚げな美しさを持つその女性は頬を掻き、困った顔をしながら話しかけてきた。
「えっと……佐渡ヶ島慎吾さ」
「死んじゃいましたね」
膝に右肘を肘に顎をつく失礼な格好を敢えてした。
食い入るように、本題であろうことを突っ込んだ。
「あっ。そのことなんですけど」
「転生して、魔王を倒すだなんてどんなオカルトか中二病かよって思ってましたよ」
実際信じてなかった。
あまりにも退屈だった現実よりは面白ければマシ程度にしか思っていなかった。
つい、調子にのって結構強めの弓矢をオーダーしたりした。
背中に背負ったまま空から落下し、触ることもなく死んだ。
「射ることもなく、おわっちゃった……」
オロオロとした顔で俺の顔を伺ってきた女性はまず、自己紹介を始め、現状を説明してくれた。
彼女の名前はエリス——この世界ではお金の通貨になるぐらいには偉い神様らしい。
そして俺の転生先が上空だった原因——
前任者から後任者への業務の引き継ぎ不足によるトラブル、だ。
なんでも前任の女神は急遽異世界に転生したため不十分な後任の女神に十分な引き継ぎ作業ができていなかった。そんな状態で俺は転生させられたらしい。
現実の世界で若くして死んだ人間に天が与えたチャンス。
異世界に転生し、魔王を倒す。
このお題を若者に託し異世界に送り込む。
俺はその流れに乗れなかったわけで。完全に相手の不手際で俺は被害者。
「で、俺をどうする気なわけなんですかエリス様?」
天国に連れ去るのか? 地獄に突き堕とすのか?
正直、もうどうでもよくなりつつある。
「そのことなのですが、今回はこちらの不手際ということなので特例ではあるのですが、もう一度転生していただくというのはどうでしょう?」
「他の選択肢なんて生まれ変わるとかそんなんでしょ?ここまできたんだからもう転生で。それにしてもそっちの不手際だっていうのによく許可がでましたね再度転生なんて」
そう返すと、ビクッと分かりやすく肩を揺らした。
え、まさか無許可なの?
「えっと……本来死んでしまった人を蘇らせることは天界の協定違反なのですが今回は死因が死因なので。みんなには内緒でお願いします」
口元でしぃ~、と人差し指を添える仕草はなんというか女神というより天使に近かった気がする。
指を鳴らすと、俺の足元に魔法陣が描かれ空へと吸い込まれる。さっきと同じ違うところは少しゆっくりでなんだか安全な気がした。
「佐渡ヶ島慎吾さん。ひとつだけ、お願いがあります。それは——」
そうして俺は女神との約束をちゃんと聞き取れぬまま、彼女によって異世界に再度送り込まれた。
送り込まれた先は教会だった。
教会の祭壇。壁がステンドグラスでいかにも教会、といった建物だ。
そこへ落下する。今度は物が落ちるような感じじゃない。まるで空から羽がゆらりゆらりと落ちるように。実際に俺と一緒に羽が教会の天井部分に展開された魔法陣から落ちて来ていた。
教会の床にゆっくりと着地する。衝撃は殆どない。
「ほ、ほんとに……現れた」
「……は?」
下から声が聞こえた。
声の方、祭壇から段差を跨いだところに美女が片膝立ちで祈っていた。
祈る姿を見た訳じゃない。ただ豆鉄砲を食らったような顔から彼女は動揺しているようで両手はお互いに指を組んだままだ。
「欲しいと言ったが、まさか。こうやって現れてくれたとは」
「いや、話が見えないし。そもそもあんた誰?」
立ち上がり、視線を俺の顔に固定したまま両肩をガシッと掴んだ。軽く痛い。
金髪碧眼で格好はオレンジメインの金属の鎧。いわゆる女騎士、と呼ばれる人なんだと思う。
「私の名はダクネス。クルセイダーを生業としている」
「俺はシンゴ。……で、神様になにか祈ってたのか?」
「あ、いや。ンンッ……エリス教信徒としてちゃんと祈りを捧げていただけだ」
あからさまな咳払い。頬の紅葉っぷりも相まって。
「もう少し、マシな嘘つけば」
「会って早々、キツイことを言うなお前は」
そうは言うものの頰は少し赤らみ瞳は潤っていて悦に浸っていた。こいつ、まさか……
ぐぐぅ~
「そういえばもう何時間も食ってない気がする」
「ではギルドへ行こう。それに登録もしなければな」
「登録?なんの??」
「決まっているだろう。ギルドでクエストを受けるのには登録が必要だ」
登録制なのか。この手のファンタジー系のゲームはあんまりやらなかったからさっぱりだ。
「登録、ね……そもそも、俺金ないし」
後ろポッケには財布がちゃんと入っているが、とてもこの世界で諭吉が役立つとは思えない。
「ならばそれは私が払おう!」
「いや、いいわ。いきなり会った人に金借りるとかなんかやだし」
「では、こういうのはどうだ。私と一緒にパーティーを組もう。ちょうど独りでな」
両手を掴みグイッと間合いを取って力説するダクネス。
推しが強い。つい顔を逸らした。なんというか他人との距離感が近い気がする。
しかし、交換条件か。なら、まぁいいか。彼女の提示する条件を飲んだ。
ギルドでの手続きはこれといって問題は起きなかった。
個人情報を記入し、職を決め免許証みたいなのを受けとり晴れて冒険者になった。
受付の人曰く、体力や魔力等のスペックは結構いいらしい。
そうして俺たちは簡単なクエストを受けた。
草原に現れた獣——モンスターを狩るクエストだ。
同行したクルセイダーが剣士として想定外の使えなさっぷり以外は問題なかった。
確実にパーティーメンバーを組む相手を間違えた。
「私はクルセイダーだ、仲間のピンチを見過ごすことなどできない。だから、お前は私が守る!」
ギルドへクエストクリアを報告する道すがらそう男らしくもある宣言をした。
この目はよっぽどのことがない限り変わりそうにない。
あってまだ、数時間ぐらいしか経ってないのにこの人はよくもまぁそんなことが言えるもんだ。
「大げさ過ぎだろ」
騎士の誓いを俺は雑に返した。
俺には他人がよく分からない。何を考えているのか?何を思って俺に何をするのか?特に彼女のような基本無償で何かをしてくれる人が怖く感じることがある。
実際、今日の寝床も彼女の実家に来い、と誘われた。
出会って数時間の異性を家に誘うのか?、と尋ねたら顔を赤くしながら弁明しだし、やはり下心なしの支援だった。
彼女の誘いを最初は断ったが、断った直後の子犬のようなしょぼくれた表情に何か後ろめたい物を感じ、結局世話になることにした。すると彼女はパッと笑った。
そんな時だった。林を跨いだ先で大きな爆発が起きた。
「シンゴ、行くぞ!」
「ん、ああ」
一瞬、何が起きたのか頭の処理が追いつかず止まったが、すぐにダクネスの後に続いた。
この根暗射手に太陽を ヨク ヤマグチ @yoku_kh
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