フレンズけもの化計画

小野神 空

フレンズけもの化計画

「はあ……はあ……」

 出口の見えない森の中をボクはずっと走っている。どうしてこんなことになったのかは考える余裕がない。そんなことを考えている暇があったら足を動かせ、走れと脳が命令している。

「かばんちゃん、どこー? 狩りごっこだね! 負けないんだから!」

 初めてその台詞を聞いた時も食べられると思って焦っていたけれど、今はそれ以上に緊張して心臓が締め付けられるように痛む。次会ったら間違いなく食べられてしまう。

 時折聞こえるサーバルちゃん声から遠ざかるように走っていると、小さな洞穴を見つけてその中に隠れることにした。ただ闇雲に走っているだけじゃ体力を消費するだけだ。壁にもたれかかるとさっきよりも心に余裕が生まれて何が起こったのか整理することが出来そうだ。

『フレンズけもの化計画』

 その単語を聞いたのはたしか図書館に寄ったときだったと思う。最近サンドスターの力を使ってヒトと化したフレンズが再びけものとしての本能を取り戻す現象が引き起こされているとのことだった。誰がそんなことを企んだのか分からないし、今まで出会ってきたフレンズさんたちは皆優しかったからこのパークにそんな存在がいるなんて信じたくはない。ハカセさんもあくまで噂だから真相は分からないと言っていたけれど、この状況が真実だと証明してしまった。ずっとボクの隣にいてくれた、あの優しいサーバルちゃんが本当に食べようとしてきているのだから。

 不安や悲しみに押し潰されて涙が流れそうになるのをグッと堪えて立ち上がる。ボクが今すべきことはここで泣いていることじゃない。サーバルちゃんを助けることなんだ。でもボクだけじゃ彼女を止めることは出来ない。誰かの力も借りなければ。

 洞穴から飛び出すと森の中は不気味なほどに静かだった。さっきまでボクを探すサーバルちゃんの声は全く聞こえない。もしかしたら隠れているうちに森の外に出て行ったのかもしれない。今のうちに誰かフレンズを探そうとボクは再び走り始めた。声を発しながら探した方が効率は良さそうだけれど、耳の良いサーバルちゃんにはすぐに居場所がばれてしまう。運がよかったのか、近くの木の根元にフレンズの姿が見えて駆け寄るとアライさんだった。声をかけようとしたとき、何か様子がおかしいことに気づいた。

「かばんさん……早く逃げるのだ……」

「アライさん!? この傷、まさか……」

「アライさんのことはいいから早く行くのだ……すぐにサーバルが来ちゃうのだ……」

 アライさんの呼吸は荒れていて今のボクの持っているものじゃ応急処理も出来そうにない。だからといって見捨てるなんてしたくない。ボクは彼女を背負ってとにかく走ることにした。

「駄目なのだ……かばんさん、駄目なのだ……」

「アライさん大丈夫です。ボクもあなたもちゃんと助かりますから」

 それはただの言い訳にすぎなくて、本当は一人でいるのが寂しかったからだと思う。知ってるフレンズと一緒にいることに安心するからボクはそんなことを口走ってしまった。でも、その選択をすぐに後悔することとなる。

「か、かばんさん…………た、食べるのだ」

「――え?」

 その瞬間、すごい力が肩に加わりバランスを崩した。振り返ると息を荒げたアライさんが少しずつ顔を近づけてくる。

「アライさん、何を……?」

「食べる……のだ…………食べるのだ食べるのだ食べるのだ食べるのだ食べるのだ食べるのだ」

「や、やめてください!」

 必死で相手の肩を抑えて抵抗するが、すごい力で耐えきれそうもない。傷口は広がっているのにそれでも力が弱まらないのはもう彼女自身では本能が抑えられないのかもしれない。

「――ごめんなさい」

 横に彼女を投げ飛ばしてボクはすぐさま走り始める。苦しむ様子もなく傷口を広げる彼女を見ていられなかった。ボクの都合で勝手に連れて行こうとして、彼女の静止も聞かずに結果的に苦しめて自分のやってることに苛立ちを感じる。みんなを助けたい。守りたかったはずなのに、こんなのボクがやりたいことじゃない。

「みいつけた」

「……サーバルちゃん」

 正面にはいつもの笑顔のサーバルちゃんが立っている。でも、それはいつものサーバルちゃんではない。分かってはいるけれどボクは一歩彼女に近づく。

「いいの? 狩りごっこの最中なのに。かばんちゃん逃げないと負けちゃうよ?」

「いいよ」

「きっとかばんちゃんのことだから何か考えがあるんだよね。すっごーい考えで私をわくわくさせてほしいな」

「その前に教えて。どうしてサーバルちゃんはそんな風になっちゃったの?」

「そんな風? 私は元々こうだったよ。いつもこうしてかばんちゃんと遊んでたじゃん!」

「……そっか。ごめん、何でもないよ」

 もうサーバルちゃんはけものに戻りつつある。記憶も曖昧になってどうしようもない。それならボクはもう――。

 飛びついてくるサーバルちゃんに何の抵抗もせず覆い被さられる。あの時と同じ状況だけど今はもう怖くない。だって、大好きなサーバルちゃんが目の前にいるのだから。

「かばんちゃん……?」

 ボクの目から零れる涙を見て、サーバルちゃんの様子が一瞬戻ったように見えた。僅かな可能性に賭けてボクは喉から声を絞り出す。思い出してくれることを信じて。

「た、食べないでください!」


「食べないよ!?」

 突然隣から声がして思わず飛び跳ねてしまった。サーバルちゃんが後ろからボクの肩に顔を乗せて何だか怒っている。あれ、さっきまでボクに覆い被さってきていたはずなのに。周りをよく見るとここは森の中ではなくて図書館の中だ。何がなんだか分からない。

「酷いや酷いや! 私かばんちゃんのことぜーったい食べないのに!」

「これがそーさくというやつなのです」

「オオカミにアドバイスをもらって書いたのです。我々はかしこいのでこのくらい余裕なのです」

 ああ、ハカセさんと助手さんの作った本をサーバルちゃんに読み聞かせている間に主人公が僕だったから感情移入しすぎてお話の中に入り込んでしまっていたらしい。

「実際にパーク内にこんなことしようとしてるフレンズさんがいるんですか?」

「全くの嘘なのです」

「サンドスターにそんな効果があるなんて聞いたことないのです」

「あ、そうなんですね」

 ハカセさんのような知識のある人に言われると本当ではないかと不安になるけれど嘘で安心した。サーバルちゃんはまだ納得がいかないようで頭を抱えて唸っている。

「サーバルは考えすぎなのです」

「そうですよ。これは楽しむために読むのです。現実と一緒にしては駄目ですよ」

「みゃみゃみゃみゃ……うみゃー! かばんちゃん! 私こんなことしないから安心して……?」

 不安そうにボクを見つめるサーバルちゃん。じっと見つめ返してボクは正直に話す。

「ここまで一緒に旅してきたんだもん。ちゃんと信じてるよ」

「かばんちゃん……みゃー! かばんちゃん大好きー!」

「えぇ!? ちょっと突然抱き着いたらあぶな……ってうわああああ」

 本の中のように覆い被さってきたけれどボクが感じるのは不安でも恐怖でもない。とても温かくて幸せな気持ちが込み上げてくる。

 この旅の終わりがどうなるか分からないけれど、サーバルちゃんと2人ならどんなことでも乗り越えられそうだと、そんな気がした。

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