第8話7

「美桜、いえ、望月さんは大丈夫でしょうか?」


 友里奈の声が聞こえて、私は目を覚ました。見慣れない天井が見える。


「ちょっと待ってね、様子を見てくるわ。」


 …ここ、保健室か。白いカーテンが開くと保健の先生が顔を覗かせる。


「気がついた?びっくりしたわ、望月さんが指のケガ以外で、しかも運ばれてくるなんて。」


 先生が顔を一旦引っ込める。


「河井さん、入って良いわよ。ここのイスにでも腰かけてて。」


 カチャカチャと音がし、先生が戻って来ると体温計を渡される。


「まあ、熱は無いと思うんだけど、一応ね。書類書かなきゃいけないからね。それと、少し質問させてね。」


 先生は私の脈をみながら、最近の睡眠時間や、ご飯をきちんと食べてるか、どこか痛いところはあるか等を聞いて来た。


「まあ、見たところ元気そうだし、熱も無いから大丈夫かな。もう放課後なんだけど、お家の方に迎えに来てもらう?」


「いえ、大丈夫です。母はパートの日ですし。ゆり、河井さんと帰ります。」


「そう。あ、一応、夜に担任の先生から連絡が行くと思うわ。もし帰ってから体調が悪くなったら、病院で診て貰ってね。それじゃ、気をつけて帰ってね。」


「はい、ありがとうございました。」


 ペコリとお辞儀して保健室を後にする。廊下に出ると友里奈が「本当に大丈夫?」と心配してくれた。「平気、平気!」と言いながら、持って来てくれた鞄(かばん)を受けとる。


「ね、あのとき何があったの?見てても良く分からなかったんだけど。」


「うーん。私にも分からない。」


「何それ。」


 友里奈が変な顔で笑う。話しながら上履きから外履きに替え、校舎の外に出た。桜の甘く切ない香りが漂って来る。


「先生の目を見たとき、吸い込まれそうな感じがしたの。それから、いつも話してる『私は誰だ?』、『思い出せ』って、あの感覚の強いヤツが来たの。そしたら、立ってられなくなっちゃって。そこからは、友里奈の方が分かるんじゃない?」


 友里奈は鞄を持っていない方の手を親指だけ立ててにぎり、あごを親指と曲げた人差し指ではさみ、「うーん」と唸った。何?探偵?


「美桜が倒れそうになったときにね、先生が一瞬で教室の前の方から美桜の所まで飛んだの。…見間違いだよねー!?でも、見た気がするんだよね。それでね、」


 友里奈の目がらんらんと見開かれる。ヤバい、こういうときの友里奈は興奮してるときで、声が大きくなる。私は慌てて友里奈の口をふさごうとした。が、私達は長い付き合いだ。友里奈は身をひるがえして、走りながら叫ぶ。


「倒れかかった美桜をキャッチして、そのままお姫様抱っこで教室飛び出してったんだよー!」


「友里奈ぁっ、こんなとこで、言うなぁっ!!」


 慌てて追いかける。私達を校庭の運動部の子達が見てる様な気がして、とても恥ずかしかった。……あれ?


「友里奈、部活は?」


 私の疑問に友里奈が立ち止まり、振り替えって肩をすくめる。私が追い付くのを待って話し出す。


「それがね、吉野先生転勤なんだって!って言うか、本当は違う学校に配属だったんだって!なんかね、上の人の手違いだったらしいよ。同姓同名で誕生日も一緒の人と間違えられちゃったんだって!こんなコトもあるんだねぇ。」


「なんか、友里奈やウチの姉が好きそうな話のタネだね。」


 そっか、いなくなっちゃうのか…。


 正門で立ち止まり、脇に植えられた桜を見上げる。桜の花びらが降って来て、私を包み込む。


 一瞬、桜の枝の上に先生に良く似た和装の少年が見えた気がした。良く見ようと目を凝らす…。


「美桜!また異世界してるー!ズルイ私も連れてけっ!」


 友里奈に腕を引っ張られる。


「連れてかないなら、先に帰っちゃうぞ。」


「連れてけないから、一緒に帰ろ。」


 校門を出てから友里奈が聞いてきた。


「それで、倒れてから1度も起きなかったんだ?」


「うん。…なんか夢を見てた気がする。長い、懐かしい夢。…でも、忘れちゃった。」


「えーっ、どんな夢?」


 友里奈が食い付いてきた。


「だから、忘れたって。なんか、胸の奥が痛くなる様な…、悲しいけど嬉しくて…、切なくて甘酸っぱい様な…。」


「なんじゃ、そりゃ?」


 友里奈が笑った。だから、私も笑った。


「異世界に行ってたんじゃない?」


 急に真顔で言われる。私はちょっと考え、でもやっぱり思い出せないので肩を竦め、「かもね。」と言った。


 もうすぐ、桜の季節も終わってしまう。今年の桜の季節もいつも通り、胸を掻き乱されたまま過ぎ行く事だろう。それで良いのだと思う。きっと、これからもこの時期は、ピンク色の花びらが風に舞うのを見る度に、切なく、苦しくなるのだろう…。


「今度、桜の絵を描こうかな。」


「そうだね、そうしなよ。」


「うん。」


 その会話の後は、友里奈の好きな異世界アニメの話を聞きながら帰った。

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