第6話5

 ミヨから踊り子に関する詳しい日程を聞いた。舞を踊るのは前夜祭。その日は朝から身を清め、神社の神殿の脇に控えていなければならないと言う。前夜祭が始まる小一時間ほど前に退座して、脇の小屋で衣装に着替え、化粧をほどこす。笛の音が聞こえたら、それを合図に神殿の前に戻り、舞を披露する。


 ミヨを逃がす、いや、共に逃げ出すなら着替えの為に小屋に入るときが好機か。


 そんな事を計画しながら当日を迎えた。…本当はこの日までにミヨと逃げ出してしまいたかった。だが、『成人の儀』の話が出てから、母や爺樣から何かしら用を言いつけられ、常にどちらかが側にいて監視されている状況だったのだ。


 前夜祭の朝起きると、父と母と爺樣はもう着替え終えていた。見たことも無い、妖艶で威圧感を感じるたたずまいで、どことなく恐ろしげな空気が漂う。


 誕生日は明日だが、『成人の儀』は今夜から始まるので、朝だというのに風呂に入れと言われた。俺の計画をを気付かれない様にする為、言われた通りにした。


 湯舟の蓋を開けた一瞬、何か香った。見ると白濁しており、何かの花びらがいくつか浮いていたので、ホッとした。気を取り直して身を沈めると、暖かさに包まれた。やわらかな湯に目を閉じる。考え過ぎた様だ。…だが、暫く浸かっていると体に違和感を感じた。目が回って意識が遠くなる様な気がした。……何か盛られていた事に気付いたときには、…もう、手遅れだった。


 気付くと俺は、ぼんやりとしつつもミヨの舞を見ていた。いつものあどけなさは無く、妖しげな美しい舞だった。父と母がねっとりとした視線でミヨを見ている。俺のミヨを、そんな目で見るな!そう思った。だが、体に力が入らず、ミヨを助け出す為の算段も浮かばない。笛や太鼓の音が大きく激しくなっていき、松明たいまつの灯りに照らされたミヨが美しく輝いて見える。俺はその様をただ見ているしか無かった。


 舞が終わると母がミヨに駆け寄った。何か話しかけ、何処かへ連れて行こうとする。隣でゆらりと親父が立ち上がる気配がした。待て、何をする気だ?そう言いたかった。だが口からはうなり声しか出なかった。


「何だ?腹へったのか?ウマイ物喰わしてやるからな。」


 父は嫌らしく笑い、ガキにするみたいに俺の頭をガシッと撫でた。その瞬間、血が逆流する様な錯覚が起きた。夢中で立ち上がりかたわらの松明を両手で掴むと、父の背中を殴り着けた。怒った父が振り返りながら俺を横殴りにする。口の中を切った様で鉄の味がした。父は倒れた俺に罵声を浴びせながら、太い足で何度か踏みつけて来た。無我夢中で父の足にしがみつき転ばさせる。父が転んだところに岩があり、頭をぶつけた様だった。動きが鈍くなったので、急いで腹の上に股がりながら父の脇差しで喉を突いた。


 周りの悲鳴を無視し、跳ね起きる。呪縛が溶けた様で、霞みがかった頭がすっきりしてくる。ふと見ると、父の遺体が、……その死体が姿を変え、そこに横たわっていたのは、赤い鬼だった。


 やはり!…という事は母も。


 徐々にしなびていく、かつて父だったモノの腰から長刀を取り上げ、ミヨが連れ去られた方へ走った。


 間に合ってくれ……!

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