第5話4

 時おりミヨと会うようになった。姉のミキや、友達のユリとも知り合った。不思議なことに、彼女達の成長は早く感じた。会う度に幼さが消え、背が伸びていくのだ。話が噛み合わないこともあった。


「ミヨ、先週の風邪はもう良いのか?」


「お兄ちゃん、いつの話をしているの?

会うのは2ヶ月振りなのに。」


 こんな感じだったのだ。まあ、こういった会話の後に直ぐ、会ってなかった間の村の話をミヨが始めるので、聞いている内にいつも忘れてしまうのだが。…というより、少しずつ、どんどん綺麗になっていく少女に見惚れていたのだ。


 母は、あの日以降何処へ出かけたか、逐一ちくいち聞いてくる事は無かった。だがミヨ達に会った日は必ず、母は目を細め鼻をヒクヒクと動かし口角を上げて俺を見た。俺は母の形相が恐ろしくて、そんな母を見るのが嫌で、ミヨと別れた帰りに川で服を濡らし、「釣りをしていて川に落ちた。」等と言って玄関から風呂へ直行する様になった。


 たまにミヨに、「お兄ちゃんのお家は何処なの?行ってみたいなあ。」とか、「お兄ちゃんが帰る方向かな?村から大きな桜の木が見えるから、見に行きたい。」等と言われた。その度にはぐらかした。母の尋常じゃない様子もあるが、父も恐ろしかったのだ。父はごくたまにだが、血塗れで帰ってくる。そんなときの夜飯は御馳走だった。幼い頃はいつもより豪勢な食事が嬉しかった。だが、出歩いて自分で小さな獲物を捕らえたり、ミヨが擦り傷をこさえたりするのを見るにつけ、自分が何を食しているのか邪推する様になった。


 ミヨから聞いた話だ。村では何年かに一度盛大な祭りがあって、そのときに1人だけ選ばれた踊り子が舞を披露するという。祭りには遠い村からも見物客が訪れるらしかった。踊り子になった娘は大抵、見物に来たお金持ちに見初められ、祭りが終わると大金と引き換えに貰われて行くという。この貧しい村はそのお陰で潤い、暮らしがやっと成り立っているらしい。その為踊り子に選ばれた家は、周りから羨望の的になる。女の子達も皆、踊り子になりたがっているらしかった。


 だが、良く良く考えてみれば村の祭りの周期と、夜飯が豪勢な日が似通っていた。俺は最初は馬鹿な考えだと、自分で自分を笑った。だが、俺の考えている通りであるならば次の祭りは、……俺の15歳の誕生日になる。


 ある日のこと、ミヨに話があると言われた。余程良い知らせなのか嬉しそうに笑った顔は、幼女から少女に変わる境目で、まだ少し残るあどけなさも魅力の1つとなり眩しかった。


「聞いて、お兄ちゃん。今度のお祭りで踊り子に選ばれたの。最初はお姉ちゃんに決まってたんだけど、足を怪我して踊れなくなって私になったの。」


 話の内容に血の気が引く思いだった。ミヨが踊り子だなんて!


「でもね、私。お金持ちの人に貰われたくないの。そんな事になったら、…もう、お兄ちゃんに会えなくなっちゃう。あのね、私っ……。ね、お祭り見に来て。とても綺麗な衣装なの。お兄ちゃんに見て貰いたい。お祭りが終わったら、私お兄ちゃんに聞いて欲しい話があるの。」


 ミヨは、途中から顔を真っ赤にし両手を握り締めながら話した。力が入っているのか、指先は白くなり、肩が震えていた。その姿を見たら自分を止められ無かった。思わず引き寄せ抱き締めた。


 けれど、頭の中は変に冷めていて、どうしたら踊り子役を辞めさせられるのか?そればかりがぐるぐると回っていた。父と母の事をどう説明したら良いのか分からなかった。第一、村の大人達もどう思っているのか分からない。俺は一先ず、母から探りを入れる事にした。


「母さん。俺、もうすぐ15歳になるけど、それって何の意味があるの?」


 俺は帰って風呂に入った後、母に尋ねた。いつか思った疑問だ。先ずはそこから始める事にした。こちらの腹を探られぬ様、努めて普段通りを装った。が、母は嬉しそうな顔で答える。こうして見ると別段変わったところは見られない。昔からよく知っている優しい母がそこにいた。


「話したこと無かったかしら?成人の儀をするのよ。」


 『成人の儀』、初耳だった。どんな事をするのか更に尋ねる。


「御馳走をたくさん用意するの。まだ、お前には本当の御馳走を食べさせた事がなかったわね。父さんも私もこの日をずっと待っていたのよ。」

 

 本当の御馳走とは何だろう?と、母の顔を見ると、つい先程までの母はそこには居なかった。代わりに、あの表情で中空を見てニヤついている女がいたのだった。俺の中で疑問が確信に近づいた。


「父さん、『成人の儀』ってさ。」


「おう、『成人の儀』だ、今年の誕生日は村で祭りをやらせるぞ!お前も来い!!」


 いきなり、欲しかった答えが目の前に転がって来た。俺は一瞬呆気にとられ、それから足下が崩れていく錯覚を覚えた……。

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