しょほのよみかき

無謀庵

しょほのよみかき

 多くのフレンズたちが図書館前に集まっている。


「今日は、我々が『しじゅく』を開いてやるのです」

「『もじ』を教えてやるのです」

 私塾の開校宣言に、何のことだろ、楽しいかな、といった、あまり伝わっていなさそうなどよめきが広がる。


「文字は、誰でもは覚えられないと思うけど」

 フレンズの中ではかなり賢いタイリクオオカミが、手を上げて発言する。彼女でさえ、漫画は描いても字は書かない。

「『もじ』なのです。『ぶんしょう』ではないのです。フレンズの知性にそこまで求めてないのです」

「一番便利な、自分の名前の『もじ』を教えてやるのです」


 何の役に立つのかわからないフレンズたちだが、

「ジャパリまんを食べずに取っておくときに、包みに自分の名前を『もじ』で書いておくのです。そうすれば誰のものかわかるから、勝手に食べられたとかの争いを予防できるのです」

 と具体的な使い方を示されると、一気に理解が広がる。

「キタキツネ?」「……なに? ギンギツネ」

「アライさんも私のを勝手に食べるよねー」「あ、アライさんはたまにしか食べないのだ!」

「オーロックスにたまにやられるな」「え……なんでバレてるんだ」

 アラビアオリックスら、被害者たちには特によく理解された。



 博士と助手はそれぞれ、ひとりずつフレンズを呼び、木の板に名前を書いて渡す。

「うん、覚えたわ。♪たてよこよこよこたて、私のなまえー♪」

「うー、ちょっと難しいけどがんばるよ」

「なるほど、ア・ラ・イ・さ・んで文字が五個なのだ」

 トキやサーバル、アライグマら、シンプルな名前の面々は、受け取って素直に覚えようとする。


「オレっちのは長いっすね……」

「私はもっとであります……」

 アメリカビーバーとオグロプレーリードッグは、板に小さく押し込められた文字の多さに困っている。

「おまえたちはビーバー、プレーリーと呼び合う仲なのです」

「それはこの部分だけなのです」

「おお!」

 該当部分を示すと、ふたりは気を取り直す。


「私も長いな。でもオオカミだけだと、他にも大勢いるから困りそうだ」

 タイリクオオカミも八文字ある。

「わりと賢いおまえになら『かんじ』で書いてやるのです」

 大陸狼、と、難しい字で三つに縮めたものを渡す。

「ほう。これは格好がいいね。表紙のデザインに取り入れてみようかな」


「トキは簡単なのに、私のはすごく長いんですけど」

 ショウジョウトキだ。口で言うと長く感じないのに、書くと長い。

「助手。こいつは厄介なのです。ショウジョウでもトキでも他にもいるのです」

「漢字は『猩猩朱鷺』……覚えられるわけがないのです」

「では漢字を簡略化して、これでいくのです」

「なるほど。さすが博士」

 生生朱各、と、大胆に省略した漢字を書いて渡した。


「ニホンツキノワグマ……また厄介なのです。日本月ヒ、にしておくです」

「アラビアオリックス? 阿拉伯大羚羊……阝大羊羊で」

「コツメカワウソ……小爪束でいくのです」

 読者の方で、カワウソを漢字で書ける方はいらっしゃいますか。


 一部いい加減になりつつも、フレンズ全員に自分の名前が行き渡った。

「では『しじゅく』は解散なのです」

「頭を使って『もじ』を活用するのです。我々も今後、図書館にいるときは入り口に『もじ』の板をかけておくのです。留守の時は外してるのです」

 「はかせ」「じょしゅ」と書かれた札を示しつつ、便利な使い方をもうひとつ伝える。




 数日後。

 じゃんぐるちほーを視察した博士と助手は、ジャガーが文字を活用しているのを発見した。


「お、誰か待ってるな」

 岸辺に文字を見かけたジャガーは、舟を浅瀬にひっかけ、しばし待つ。

「あっ、来た来た。乗るよー」

 程なくフォッサが現れた。書いた名前を足で消し、舟に乗り移る。

 舟に乗りたいフレンズは、岸辺に名前を書いておくルールにした。おかげで、うっかり乗り遅れる心配がなくなった。


「素晴らしい文字の活用なのです」

「働くフレンズはよく気が付くのです」

 感心している博士と助手だが、

「あ、ちょうどいいところに。おーい博士ー」

 ジャガーが呼び止め、泳いでくる。


「今朝、ジャングルで名前の板が落ちてたんだ。これ誰のかな?」

 と、板を差し出すジャガー。

 フレンズのほとんどは、まだ自分の名前しか読み書きできない。ジャガーもフォッサも、他人の名前は読めなかった。

「どれどれ……」


 「十小虫ヘ」と書いてある。


「?」

「(私は書いた覚えがないのです)」

 助手が耳打ちする。

 博士は、書いた記憶はあった。だが略しすぎて自分でも読めない。

「一旦預かるのです。あとで本人に届けてやるのです」

「いや、すぐそこで見つけたから、多分近くにいるよ。読んで教えてくれたら私が届けるよ」

 まったく悪意なく、親切心からの言葉で、ジャガーが博士の逃げ道を塞ぐ。

「…………あー、ううむ」

 ぴんちだ。自分で書いておいて読めないのがバレる。長の威厳が。

 だが幸いにも、

「うう……ジャガー、私の名前の板しらないか?」

 怯えながら、ミナミコアリクイが聞きにきた。

「あ、これだよ!」

「おまえのなのです!」

「な、なんだよう! 大声だすなよう!」



「恥をかくところだったのです」

「略しすぎも考えものなのです」

 ミナミコアリクイでは長い、南小蟻食では難しい。そして「十小虫ヘ」にしたのだった。


「おう博士。ちょっといいか?」

 そうげんちほーにさしかかると、今度はオーロックスに呼び止められる。

「なんです」

「これ、誰の名前だ?」

 とオーロックスが差し出したジャパリまんには、「非…ミワ土」と書いてある。

「これはアフリカタテガミヤマアラシなのです」

 博士は、今回はすぐ思い出した。

「そっか、じゃあ勝手に食ったらかわいそうだし、返すか。アラビアオリックスのなら食うんだけど」

「食うのは自分のだけにするのです」

 

「……博士、あれは読めないのです」

「あんな長い名前書いてられないのです。漢字だと非州鬣豪猪で難しすぎるのです。私と『アフリカ』が同じだから思い出せたのです」

 アフリカオオコノハズクの博士、同じアフリカンの縁で助かった。



 日が暮れてきたので、ろっじに立ち寄った。

「博士いいところに。これなんて読むのですかぁ」

 入るなり、アリツカゲラが泣きついてくる。

「……おまえは自分の名前も忘れたのですか」

「え? ……あー、そうだ、そうでした」

 アリツカゲラの手には、「蟻塚啄木鳥」と略さず書かれた板がある。

 タイリクオオカミの文字がカッコいいからと、ろっじ組は真似して漢字表記を要求したのだ。

「難しい文字を覚えようって頑張ってたら、こんがらがっちゃいました」

「裏に簡単な文字で書いてやるのです」

 改めて、アリツカゲラ、とカタカナで書き足した。



 しっとりの間で、博士と助手は寝ることにする。

「なんとか、自分で書いたものが読めない事態は避けられたのです」

「長の面子は保たれたのです。我々は賢いので」

 まだミスは露見していない。しかし、明日からどうなるか。心配だ。


(わからないやつは助手が書いたことにするのです)

(わからないやつは博士が書いたことにするのです)

 ちょっと悪い子のふたりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しょほのよみかき 無謀庵 @mubouan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ