吾輩はボスである…らしい。

銅折葉

第1話



 吾輩はラッキービーストである。個別登録愛称はまだ無い。



 ◆1905.01.04(wed) 10:23【#369日前より時間同期不能】

 本日の天候:晴れ、気温27℃、南南西よりの風。サンドスター濃度やや高、監視を要するが閾値範囲内。

 さばんなちほーの環境は正常通り保全され、いくらかの観測不明項目を覗いて異常は見られない。つまりはいつも通り。個体識別DE192991~DE192998(抹消済みID:DE192995)との間に確立されたリンクを維持しつつ、本端末は定期巡回コースを移動する。

 特記事項としては、昨夜の小規模噴火で一部のフレンズが警戒を強めている点だ。彼女達のストレス軽減等へのケアを要することを申請しながら、8番ブロックを通過。

「あっ! ボス、おはよー!」

 さばんなちほーに居住し、AE6番地から12番地にかけてをテリトリーとするサーバルは、当該シリアル個体をこう呼称する。

 彼女は不思議と当該シリアルの個体と他個体の見分けがつくようだ。サーバルキャットの可聴域は非常に優れたものであり、当該シリアル個体の発する固有音を聞き分けている可能性がある。

 運営財団の全面撤退と共にセントラルの放棄が決定され、パークの維持管理機構が停止して既に5万時間超が経過。端末たるラッキービーストの稼働にも複数の問題が発生している。端末整備も不十分な状況では、汚損などで固有識別が可能な状況となっている事は容易に推測が可能であった。他者との区別を個性と呼称するのであれば、彼女達はそれをもって当該シリアル個体DE192994を個別認識していると推測される。

「ボス、昨日の噴火、すごかったよねー。空がぱーって明るくなってさ!」

 ボス。特定の集団、群体においてその長を示す呼称である。サーバルが何をもって当該シリアル個体を長と認識しているのかは不明であるが(そもそも、サーバルキャットは群れを構成する性質をもたず、当該サーバルも単独で生活している)、この呼称はさばんなちほー周辺の他フレンズにも浸透していた。

 しかし、パークの維持機構端末たるラッキービーストは、フレンズの生態管理と利用者の安全を保つために稼働しており、固有識別のための愛称設定機能は利用者との交流において適用されるものだ。フレンズに対しては適用外であり、ゆえに当該シリアル個体が呼称される「ボス」は愛称たりえない。

「あーあ、今日はたいくつだなー。みんなどっか行っちゃって見当たらないし、狩りごっこもできないし」

 昨日のサンドスター・ロゥの小規模噴出に伴い、各地センサで濃度上昇が確認されていた。これに伴い各ちほーでセルリアンの群発発生が報告されている。フィルタリングの不具合は未だ解消せず、守護者の不在も依然として継続中。セルリアンへの対処は一部のハンターによって場当たり的に行われるのみだ。

 セルリアン発生に際するハザードマップの更新は停止しており、フレンズ達への危険警告も不完全な状況である。しかし当該さばんなちほーにおいてはセルリアンの大量発生及び強個体発生の媒体となる兵器・重機等が存在しないことから、大きな脅威にはならないことが推測された。従って、退避警告は限定的なものに留まっている。

「ねー、ボス、途中で誰か見かけなかった? シマウマちゃんとかさ!」

【…………】

 本日も、パークの環境は概ね正常通り。ゆえに当該シリアル個体は、フレンズに対して音声出力を許可されない。いかなる問いかけに対しても応答は不可能である。各ちほーにおいて再現された自然環境の中、フレンズができるだけ生来の姿での活動を行えるよう、ラッキービーストの運用には厳しい枷が定められている。

「あーあ…。ボスがお喋りできたらいいのになあ」

 当該シリアル個体に話しかけるのに飽きたと推測されるサーバルは、木の上で浅い睡眠に入りはじめた。彼女は夜行性だ。昨夜は噴火で思うように行動出来ず、行動抑制のストレスが溜まっているのだろう。優先順位は高くはないがケアが必要と判断する。

 彼女の寝顔を確認し、当該シリアル個体よりサーバルへ給餌するフレンズ用の完全栄養食じゃぱりまんの増量を申請。受理を確認して迅速に加熱調理を開始する。猫科動物への給餌を考慮し、調理完了後は体温まで冷ます必要もある。

 サーバルは当該シリアル個体との会話を希望しているが、それは実現を推奨しない。ラッキービーストがフレンズに対し音声出力を可能とするのは、彼女達への脅威に対しての対応に限定されるためだ。どのような状況であれ、ラッキービーストとフレンズの音声会話による意思疎通が行われるのは、非常事態を意味する。

 そのような事態が起こることを。当該事態に直面したフレンズが危機に瀕することを当該シリアル個体DE192994は望まない。ゆえに当該シリアル個体は沈黙を守る。

 パークの運営に異常が無い限りは、ずっと。いつまでも。それは良いことであると、当該シリアル個体は判断する。




 吾輩はラッキービーストである。個別登録愛称はまだない。

 ――だが、フレンズは皆、吾輩をボスと呼ぶ。


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