第5話 あずき
あずきには日課がある。
・晩御飯の後に部屋でデザートを一つ食べる
・朝はギリギリまで寝る
・晩御飯の献立を聞いてから家を出る
・スキンケアに手を抜かない
・嫌いな食べ物も出されたら食べる
……ほとんどが食べ物のことについてであるが、彼女にとって当たり前で、それは無意識に身に付いていることだった。
幼い頃から食べることが好きで、母親が作る毎日の家庭料理のほかに、料理人の父親が作る洋食が時折テーブルに並ぶ日々は、まさに整えられた環境であった。
何もおめでたいことがないのに毎日お赤飯を食べるような、とにかく、あずきにとって1日3回のその時間が毎回ご褒美なのだった。
「いっぱいお食べ。」
それが我が家の合言葉。
それを鵜呑みにして早17年。
生誕から合わせると、もうそろそろ記念すべき20年目の節目を迎えようとする中、彼女の体重はすでに3桁を超えていた。
そんな彼女が意識的に行っている日課がある。
それは『スキンケアに手を抜かない』である。
大学生になり、このハウスに暮らし始めてからの日課。
「あっくんおはよー。」
「はよー。今日もよく食べるなあ。」
「朝御飯は大事だからね。それに朝抜くと元気出ないんだよね。」
「ああ、まーそれは分かるかもなあ。でも毎回綺麗に食べるのすげーよ。はえーし。」
「へへっ。」
まるで恋する乙女のように、心なしか恥じらいながら箸を進めるあずき。
そう、『まるで』ではなく『本当に』恋をしているのだ。あっくんに!
あっくんは恋愛に鈍感すぎて全く気付いてはいないが、きっかけとなった日、あっくんの「俺、美味しそうに食べる子いいなって思うよー。ガリガリに痩せてる子より一緒に飯食べて楽しーし。」という言葉に心を撃ち抜かれてしまったのだ。
心のおおらかな、素敵な人。
あずきはこの日からあっくんを特別な目で見るようになった。
ヤマショーに悪口を言われても気にしない。
彼は仕事に疲れてイライラしているだけだ。
「ちょ、言い過ぎだよ。」
「いやいや、デブにデブって言って何が悪いんだよ。」
「傷付けるって分かってて言うのはちげーってば。」
あっくんがさりげなくあずきを庇うたび、あずきはぎゅんきゅんしてしまう。
もともとお年寄りには心からの善意で席を譲る優しい性格だ。あまり強く言うこともない。
しかしいつの間にかヤマショーが悪口を言ってくるようになってから、ヤマショーに対してのみ悪巧みを考えるようになった。デブを目の敵にして…自分は細マッチョだからって…と。
しかしあっくんが間にはいるたび、そんなことを考える自分を恥ずかしく思った。
そして我にかえるのだ。あと少しで実行するところだった、と。
ヤマショーの存在があっくんへの好意を増幅させているとは思い至らずに。
あっくんに『痩せて』と言われたらダイエットするだろう。
毎日同じ家に帰り、同じご飯を食べる。
会おうと思えばすぐに会える距離に好きな人がいる。今はそれだけで幸せだった。
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