第4話 ウーノ

「やっほ~みんな元気だったかい!」


ぽかぽかとして穏やかな土曜日の朝。

ダイニングのドアを思いっきり開けて、軽快な口調で入ってきたのは、ここ一ヶ月留守にしていた自由人、ウーノだった。

彼は仕事柄、あちこちに出掛ける。それこそ1ヶ月というのは珍しくなく、世界に飛ぶことも多い。


彼のフルネームが『宇野 自由』であることに、ハウスの皆が納得している。


「ウーノ久しぶりー!」

「おおー!久しぶりだな!」

「どこ行ってたんだっけ?」

「ガラパゴスだよ~楽しかったなあ!」



ダイニングに居た皆が思った。

彼に相応しい土地だと。



「ヨシばあ、部屋ありがとう。帰ってきて綺麗なのは嬉しいよ。」

「どういたしまして。ご飯は食べたの?」

「まだだよ。久しぶりに食べたいなあ。」

「じゃあ手を洗って座ってな。」

「ほーい。」


ウーノもルームクリーンサービスを使っている。

毎回、旅行という名の長期出張に出る前は、鍵をヨシばあに預けるので無くす心配はない。ヨシばあの人柄が良いことも相まって、安心して出掛けることが出来るこのハウスを気に入っていた。


新築から入居している古株で、なのに自室にいる時間は一番短い。

旅行に出ている間、この空間は閑散としているなとヨシばあは思う。

生活感はあるのだ。

ベッドの上のくしゃっとした掛布団や、使い途中の歯磨き粉、コードが絡まったドライヤー。


ただ、物が少なすぎる。

必要なものしか置いてないといった感じだ。

そのため、あっくんの部屋を綺麗にするより毎回5分以上早く終わる。

忙しい身。それゆえ稼ぎもよいはずで、独身であろうとハウスキーパーを雇って、もっと利便性の良い土地に建つ物件に引っ越した方がよいのではないかとヨシばあは常々思う。

しかしこのハウスに留まってくれていることと、ウーノの感謝の言葉がその思いを引っ込めてしまうくらいにとても嬉しかった。




彼の周りに人は集まる。

太陽のように明るく暖かい人だ。


そんな彼へ、ハウスの住人は、虫や動物への愛が強すぎるために、一生独身なのではないか、と心配している。



生涯独身を悪くいうわけではない。

虫や動物への偏愛を否定するでもない。


ただ、虫や動物に全ての人が興味を持っているわけではない、ということをいい加減理解してほしいのだ。


「ねえねえ、見てみて~。」

「うわっ、気持ち悪っ。」

「綺麗でしょ!光が当たる加減で背中が虹色に輝くんだよ~。」

「うんうん、そっかそっか、ありがとう、もういいよ。」

「それでさ~こいつはもともと●●って所にも生息してたんだけど、大陸が分かれてから、あ、そもそもこの虫は…」

「あー!見たい番組始まる時間だわ!ごめんまたねー。」

「ええー、じゃあヤマショー。」

「俺、これから用事があるんで、うっす。」

「ええー、じゃあ……」


みんなぞろぞろとリビングを出ていく。

ウーノから目をそらしながら。

これからいつ終わるのか分からない虫の説明をされることは、これまでの経験から予想が立つ。

始まると夢中で話してくるのだが、今回、虫に興味が持てる者は誰一人としていなかった。



「ヨシばあ!」

「私は食器を片付けなきゃ。早く食べてしまいな。」

「えー。」




ヨシばあは、次、部屋に空きが出たら、虫好きな住人を選ぶべきか思案した。

この迷惑から逃れるために。



虫好きな女性。よし、これでいこう。


ウーノはそんな計画をされているとは露知らず、ご飯を全て平らげて満足そうにしていた。

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