第2話 あっくん

ガチャガチャ

トントントントン

ガシャーン

トントントントン


……


トントントントン………


「あああああ!!もううるせー!!!」


ドンッ!


今日も朝4時に目を覚ます。

そして今日も壁を蹴ってしまった。

ちょっと壁が凹んでいる気がするのは、気のせいではない。


もうちょっと優しくフライパンや鍋をコンロに置いてもいいんじゃないかとか、皿をもう少し割らずに済む方法を考えるべきだとか、三日に一度はそんなことを思っている。

進言したこともあった。でも、あの人はおそらく他人の話を聴かないタイプだ。全く直る気配はない。


ヨシばあのご飯は美味しい。

部屋の中の掃除もしてくれる。

いつも元気で太陽のような人だと思う。


でも、他の部屋より家賃が安いというだけで、キッチンの隣のこの部屋を選んだのは、間違いだった。


願わくば壁を…壁をもう少し厚くしてくれ…!


掛布団を頭からすっぽり被り、目覚まし時計を抱えてまた眠りにつく。

怒りで目が覚めているので、すぐに寝付けるはずもなく、おおよそ1時間くらいただ布団にくるまっているだけの状態を、いつからか時間を無駄にしていると感じるようになっていた。ただし家を出るまでの間だけだが。



あっくんは忘れっぽいことをトレードマークにしているふしがある。

『俺、すぐ忘れちゃうからさあ。』が口癖だ。

この間203号室の佐々木さんにそのことで怒られたのも、今となってはあやふやな記憶。さらに調子に乗って、普段は『佐々木さん』と呼んでいるのに、佐々木さんのあだ名で、ヨシばあと202号室のトーモリさんしか呼ばない『ヤマショー』を、やたらと連呼したこともすっかり記憶から抜けていた。

最早病気レベルである。


そんな病気レベルの記憶力を持つあっくんは大学生。

ギリギリついていけてはいるが、あと数年そのギリギリを保てるかどうかは不明だ。


優しいのか怖がりなのか、目の前に困っているお年寄りがいると、助けるのが面倒だと思っていながら、見捨てると幽霊になって目の前に出てくるかもしれないという『失礼な理由』が『面倒』に勝り、手を差し伸べてしまう。


だが、その行いが周囲の人へ優しい人というイメージを与えていた。



週5日で夕方から入れているバイトが終わると、家につくのは23時。

ヨシばあは朝が早いのでとっくに寝ているのだが、ダイニングテーブルにはラップのかかった一食分が置かれていた。バイトの日はいつもそうだ。

それを見ると急いで食べなくちゃという気持ちになる。たとえお腹が空いていなくても。




もぐもぐ…


「あーうめぇ。」




やっぱりヨシばあのご飯は美味しい。

その事だけは、忘れないだろう。

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