3階建てシェアハウスとその住人達
なむなむ
第1話 ヨシばあ
多々良淑子(たたら・よしこ)、通称ヨシばあの朝は3時半から始まる。
顔を洗って服を着替えて、髪の毛をなんとなく整えたら、戦地・キッチンへ向かう。
マンションの『管理室』と住人に呼ばれている部屋にヨシばあは住んでいる。
当時旦那を2年前に亡くし、子供はとっくに巣立っていたため、独り身の彼女はどうしようもない寂しさを抱えていた。
そんな彼女を見たご近所さんは、落ち葉拾いやゴミ拾いなどの、緑化ボランティア活動を勧めた。友達も増えるし、健康にも良いと言って。
確かにそうかもしれないと思ったヨシばあは、3回活動に参加した。しかし3回目でボランティアに精力的になれるほど、自分は善人ではないことを自覚してしまったため、人のための行為を、お金に変えようと考え付いた。
休日をなぜ無料で人のために使わなくてはいけないのか、段々そこに不満が募ってしまったのだ。
何か始めよう。
ヨシばあはまた考え始めた。
そして旦那の保険金を確認した。
掃除は好き。料理も好き。お喋りも好き。
これなら行けるかもしれない。
それから1年後、彼女は長年住んだ一軒家をマンションに変えた。
管理人室付き、みんなが集えるダイニング付きのシェアハウスだ。
ご近所さんは狼狽えた。そして心配した。
ヨシばあは頭がおかしくなってしまったのかもしれないと。
しかし入居者は次々と決まり、新しい生活は桜が咲く前にスタートした。
最初の1年は苦労の連続だった。しかし、2年目には彼女はこれが天職だと思うようになっていた。
時計が4時を指す頃、キッチンの扉が開かれ、灯りが点る。
何年たってもピカピカのキッチンはヨシばあが掃除好きの証だ。
包丁が野菜を刻むの音、フライパンが肉を焼く音、全てが生き生きとして聞こえる。換気扇の音すらスパイス。
旦那が浮気した時の夢を見たので、今日は包丁の音がやや乱雑で強め。怒りが込められている。
キッチンのすぐ隣の101号室のあっくんは、やはり今日も壁を蹴ってきた。こちらもイライラしているようだ。ただ、あっくんのイライラは4時に調理の音で目を覚まさせられることへの怒りなので、基本的に毎朝イライラしている。
ヨシばあは昼間から夕方までパートの仕事を入れているので、朝に夜の仕込みもしている。さらに、早い人で6時半から食べ始めるので、どうしても朝早くからキッチンを使うことになるのだ。
あっくんはそこら辺理解している。
102号室の家賃より3000円安くしているし、ルームクリーンサービス(ヨシばあが部屋の中も掃除してくれるサービス・週2回、月額2000円)も500円安くしている。
そして、蹴った壁が酷く損傷していたら、退去時にリフォーム代を請求される恐れがあることも、おそらく、知っている。
時刻は6時。ドタドタ音がする。
相変わらず201号室のあずきちゃんは寝坊して慌てているようだ。でもきちんとご飯を食べる。おかわりもする。この間体重がついに3桁になったと言っていた。
体重の管理は契約の範囲外。
「ヨシばあおはよー」
6時半。203号室のヤマショーがダイニングにやって来た。
「おはよう。今日もお米?」
「うん、山盛り。」
「はいよ」
今日も変わらない朝。
でも、今日もキラキラした一日が始まりそうだ。
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