第6話
次の土曜日は予定通りイーグルスの練習だった。
その紅白戦。ぼくは終盤になって二番手投手として投げることになった。3対0
でリードしていたのにぼくがフォアボールを連発して逆転負けした。
「もうちょっと球がまとまらんとな。お前、スピードはあるのに」
と監督が渋い顔をした。
この前不良たちと渡り合ったときには、あんなにコントロールが良かったのに。
ああいうのを火事場の馬鹿力と言うのだろうか。
さて、練習が終わり後片付けもすんで、これで解散となった直後、自転車置き場
に向かって歩いていたら
「谷田部くん、谷田部くん」
とぼくを呼ぶ声が聞こえた。
声の主はサヤだった。彼女とはあの日以来話しをしていない。本当は自由研究の
件で連絡をしなくてはいけないのだが、この前彼女を泣かせているので、何となく
連絡をとるのを控えていた。
サヤはあの日のことを忘れたのか、普段と変わらぬ顔でぼくの傍にやってきた。
イーグルスの子達が何やら冷やかしの言葉を発している。
「何なの、いったい」
ぼくがつっけんどんに聞くと
「谷田部君が土日に野球やってるって言ってたから見に来たんだ。最初から試合を
見てたんだけど気がついた?」
と意外な事を言った。
サヤの家が森岡中の近くにあるのは聞いていたから、たまたま通りかかったのか
と思っていた。ぼくが顔にクエスチョンマークを作っていると。
「実は谷田部くんに、ちょっと確かめたいことがあるの」
サヤが、はにかみながら小さな声で呟いた。
「えーと。何」
「あのさ。水道資料館に行った日のことだけど…」
「…だから何」
「あの日。私と谷田部くん、暫く二人だけでいたじゃない。あのとき、谷田部くん
は仕方なくイヤイヤ私と一緒にいたの」
「いや。そんなことないよ」
「でも、あの後で『小島くんに頼まれて仕方なく居た』って言わなかった」
「ああ、あれ。あれはコジの言うことを聞いたのが仕方なくだったって意味」
「じゃ…」
そう言ってから少し頬を赤くして
「私と一緒で嫌じゃなかった」
「全然。大隅さん何でも上手にできるから一緒に居て楽しいよ、話しも上手いし。
何だか得した気分だった」
と答えると。
「そう、…。良かった」
と囁いた。
「あの。この前、泣かしちゃったことだけど…」
と言いかけると、
「あっ。いいのよ。いいの。あれ、私の勘違いだったの。だから忘れて」
と何やら慌てた様子で取り繕った。
「ところでさ。今日の試合はどうだったの。勝ったの、負けたの」
と話題を変えた。
ぼくもそのほうが話しやすいので、話をあわせた。
「途中まで勝ってたんだけどさ、ぼくがリリーフに出て負けちゃった」
「りりーふって何」
「それまで投げてたピッチャーがピンチになったときに、それを助けるために交代
で投げるピッチャーのことさ」
「あっ。それじゃ、谷田部くんって、私のリリーフなんだ」
サヤがまた何か変なことを言い出した。
「どういうこと」
と聞くと
「だって、このまえ私が悪い人たちに捕まってピンチだったとき、ボールをぶつけ
て助けてくれたじゃない」
「そういうのはリリーフって言わないと思うけど」
「いいから、いいから。リリーフ、リリーフ。うん、うん」
どうやら、サヤはリリーフという言葉が気にいったらしい。
「ねえ。リリーフ」
サヤがぼくのことをそう呼んだ。
「リリーフってぼくのこと」
と確かめると
「うん。そう。谷田部くんのこと、リリーフって呼ぶことに決めちゃった」
ええ。なんだよ。それ。
あのね…と言いかけるのを
「ねえ、ねえ。リリーフ」というサヤの台詞がかき消した。
「何?」
ぼくは思わず返事をしてしまう。
「私ん家この近くだから、自転車で送ってくれない」
「でも二人乗り禁止だぜ」
「すぐそこだから平気よ」
「僕の自転車荷台が無いんだ」
「車輪の軸の所に立てば良いんでしょ。男の子は皆やってるじゃない」
とうとうサヤを家まで送ることになった。
サヤは後輪の車軸に足をかけて立ち、ぼくの肩につかまった。
動き始めはグラグラしたが、スピードがついてくると安定した。
校門の段差を過ぎるときにタイヤがバウンドして自転車が大きく揺れた。
「キャッ」と叫んで、サヤがぼくの肩に抱きついた。
「大丈夫?」と聞くと
「平気」と答えた。
「ねえ。ねえ。リリーフ」とサヤが耳元で囁いた。
「なに」と答えると
「私、リリーフが大好き」
とサヤが告げた。
ペダルを漕ぐ足の回転が少しだけ速くなった。
リリーフ 須羽ヴィオラ @suwaviola
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