第2話

 目的地の水郷公園までは、あとは下りの一本道だった。今度はコジもぼくも女子

のペースに合わせてゆっくりと降りた。コジはマサミに盛んに話しかけていたよう

だったが、マサミはあまり相手にしなかった。

気持ちのいい風に吹かれて、案内板のところについたころには汗が引いていた。

スカートが広がるのを気にしてか、サヤだけが少し遅れて到着した。


 案内板には左が浄水場、右が水道資料館・水郷公園となっている。矢印に従って

右に進むと、そこから百メートルいったところで道路の左側に水色の真新しい建物

が見えてきた。そばまで寄ると果たしてそれが資料館で、資料館の向うの吾妻ヶ浦

湖畔に水郷公園、道路を挟んで反対側が運動場になっている。

 資料館に曲がる道のところで、コジだけ別の方角に進んで笑いをとろうとしたが

「はいはい。ああいうのは置いといて」

 とマサミに冷たくあしらわれて、コジがすごすご引き返してきた。


 資料館で来訪の意を告げると、親切にも人がついて中を案内してくれた。マサミ

がカメラマンになって盛んに展示物をカメラに収めた。ぼくとサヤが展示の要点を

ノートに書き写したり、案内の人の説明をメモに取ったりした。

 コジは何をしていたかというと…実は何もしていなかった。最初のうち皆の笑い

をとろうとギャグを幾つか飛ばしていたが、やがて静かになり皆の後をついて来る

だけになった。彼のような存在は大勢の前では目立つのだが、こういうシーンでは

霞んでしまう。


 それに引き換え、ここに来てからの主役はサヤだった。所々で案内の人が発する

問題に対して、真っ先に正解を答えるのはサヤだった。それだけではなく、思いも

寄らぬ質問を繰り出して案内の人を驚かせた。

 浄水場の見学は出来ないのかと確かめたら、それには予約がいると説明された。

 それに小学生以下の場合には付き添いが必要だとも告げられた。

 みんな残念がったが、次の機会にすることにした。ぼく達は案内に立った人に礼

を述べて資料館を後にした。


 資料館を出て水郷公園まで足を伸ばした。

 高台に見晴台があって、公園と運動場が一望できる。運動場の方では小学生らし

き子供たちが野球の試合をしているのが見えた。

 展望台にはおあつらえ向きに木製のテーブル椅子が幾つか設置されていた。そこ

で、展望台でみんな一緒に昼食をすることになった。


 それぞれが持参の弁当を持ち出した。ぼくのは梅干の入ったオニギリ二個。その

他、から揚げ一個・えびフライ一個・レタスに葡萄にリンゴとがタッパーに入って

いた。

 コジの弁当は焼肉弁当、その他に焼き鳥が二本ついていて、かなり肉肉しいもの

だった。

 あとの二人はというと、自分で作ったのかそれとも作ってもらったのか、女の子

らしい奇麗な色合いではあるが、野菜ばかりでおかず的要素の少ない弁当で、これ

で腹の足しになるのかと心配になるくらいだ。

「みんな。これも食べてよね」

 そう言って、マサミがおかずの入ったタッパーを皆の前で広げて見せた。

 中には、厚焼き卵、レタスの生ハム巻き、タコに似せた焼きウィンナーなど食欲

をそそるおかずが一杯だった。

「すげー。これマサミがつくったの」

 コジが声を張り上げた。

「だめだめ。私こういうの苦手なんだ。全部、お母さんが作ったの。他人に聞かれ

たら、私が作ったように言うんだよって言われたけど。あんまり期待されても困る

から、ほんとの事言っとく」

 とマサミがあっけらかんと言い放った。


「私のも、良かったら…」

 遠慮深げにサヤがタッパーとアルミホイルの包みを出して見せた。

 タッパーの中には焼肉を人参とアスパラと一緒に海苔で巻いたのやら、油揚げの

中に生ハムとスティックチーズを詰め込んだのやら、小さくて可愛らしい食べ物が

敷き詰められていた。

 アルミホイルの包みの中には、薄茶と焦げ茶の二色でできたクッキーが数個入っ

ていた。どれもが動物や人の顔をかたどっている。

 三人が感嘆の声をあげた。

 マサミが

「これ、みんなサヤが作ったんだろ」

 というとサヤは

「うん」

 と答えた。

「やっぱりね。サヤは昔っからこういうの得意だから」

 とマサミが関心すると

「得意っていうか…その…。ただ、好きなだけだよ」

 とサヤがますます小さくなった。


「どれどれ、それじゃ、早速頂こうかな」

 コジがマッハ3のスピードでクッキーに手を伸ばした。

「あっ、それは」

 とサヤが慌てたが遅かった。そのクッキーは既に口の中に飛び込んでいた。

「ウェ。ウォウォウィワァウォ(えっ。どうしたの)」

 コジが口をモゴモゴさせた。

「小島君の食べたの、それ、谷田部君のだよ」

 と変な事をいった。

 三人が(そのうち一人はまだ口を動かしていたが)サヤの方に注目した。

「…あの。…クッキーを…皆の顔に似せて作ってみたの」

 そういわれて人の顔のクッキーを見てみると、確かに皆の顔の特徴を良く捕らえ

ている。マサミは大きな口を開けて笑っている元気な女の子。サヤは髪が長くて目

の小さいリスのようなイメージ。コジのはまん丸顔で回りに太陽のようなギザギザ

がついていた。

 ぼくの分は残念ながらコジの口の中なので、どんな顔だったのかは分からない。

「悪い、悪い」とコジが謝ったので

「しょうがないな」といってぼくはコジのギザギザ顔を口の中に放り込んだ。


 昼食が済んで、さあこれからどうしようということになった。

「もう。取材もすんだんだからさ、あとは自由行動ってことで、ここで解散で良い

んじゃない」

 とコジが能天気なことをいった。

「だめだよ、取材っていっても資料館の人の話しを聞いただけでしょ。もっと自分

たちで色々調べなくちゃ」

 とサヤが反論。ぼくもコジと同じ考えで、あとは今日見聞きした内容を纏めるの

かと思っていた。

「色々って他に何をやるのさ」

 コジが不満の色をだした。

「例えば昔の水道はどんなだったろうとか。全国にどれだけ浄水場があるかとか」

「でも、それは今ここで決めなくていいだろ。折角、目の前が公園なんだからさ、

今は自由時間ってことにして、帰りに誰かの家によって考えれば良いじゃない」

「そうね。私も少しノンビリしたい」

 マサミが珍しくコジに同調した。

 サヤがぼくのほうを見た。ぼくはサヤの視線を避けながら

「ぼくもコジの意見に賛成だな」

 と言った。サヤが残念そうな顔になる。

「じゃ。決まり」

 コジが間髪いれずに答えた。そして、水郷公園の一点を指差すと

「ねえねえ。あそこに水車小屋みたいのが見えるから、行ってみないか」

 そういうが早いか、マサミの手を取って歩き出した。その時、コジがウインクを

送ったのに気がついた。

 マサミが心配そうに

「皆も行こうよ」

 と言ったのに対して、ぼくは

「すぐ追いつくから」と返事をした。

 サヤが渋々椅子から立ち上がろうとするのをぼくは「ちょっと待って」といって

押し留めた。コジとマサミを二人きりにしてやらなくちゃと思ったのだが、言った

あとで適当な口実が無いことに気がついた。

「どうしたの」

 とサヤが聞く。

「えーと。ここでメモの内容を確認しておかないか」

 と出鱈目を言った。

「えっ」

 とサヤが変な顔をしたので

「いや、もし数字とか説明が食い違ってたりすると、また調べにくるのも大変じゃ

ないか。だから、ここにいる内に…」

 ぼくのその言葉を信じたのか、それもそうねとサヤがバックからノートを取り出

した。二人してノートの内容をつき合わせてみたが、間違いは見つからなかった。

サヤのノートにはぼくの倍以上の書き込みがしてあった。おまけに象形文字から大

して進歩を遂げていないぼくの字に対して、サヤの文字は習字の手本のように奇麗

だった。

 ぼくは自分のノートをサヤに見せたのを後悔した。だが、後悔ばかりもしておれ

ない。早く次の話題を持ち出さないと、サヤが二人の後を追う気になってしまう。


「えーと。そのー。あっ、そうだ。浄水場の見学が出来なくて残念だったね」

 浄水場の施設が目に入り、思いつきをそのまま口にだした。

「そうね。予め電話で確認しとけばよかったね。こんな、直ぐ近くにあるのに入れ

ないなんて」

 サヤが残念そうに言って立ち上がり、見晴らし台から見える浄水場に目をやった。

「あっ、そうだ」

 サヤが声を上げ、

「ここからなら、浄水場の様子が良く見えるじゃない。マサミに頼んで、カメラで

撮ってもらえばいいよ」

 と言い出した。ありゃ。余計不味いことになる。

「マサミたち何処いったんだろう。谷田部君、見える」

 サヤが水郷公園の方に目を転じ、コジとマサミを探しながらそう言った。

 ぼくが公園の方に目をやると、水車小屋の陰に二人の姿が消えるのが目に入った。

 サヤはその事に気がつかなかったようだ。

「どこに居るか見えないなぁ。あっちの水生植物園の方じゃない」

 そう言って、わざと水車小屋とは反対の方を指差した。

「そうお?」

と言ってサヤがそちらの方を探し始めたのでひと安心した。

 ぼくはもう一ひねり考えて、

「写真ばっかりじゃなくてさ。スケッチとか混ぜたほうが面白くない?」

 と提案した。

「うーん。それいいかも」

 とサヤが乗ってきた。

「実はスケッチブックも持ってきてあるんだ」

 そういって、サヤはバッグの中からスケッチブックと色鉛筆を取り出した。

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