リリーフ

須羽ヴィオラ

第1話

 ペダルから足を離しても、坂を下る自転車はスピードをグングン増していく。

 眩しい夏の日差しを受け、道路に陽炎が立っている。顔に当たる風が心地よい。

 ヒャッホーと叫び声を上げながらコジはぼくの二十メートル程先を走っている。

 コジの奴、なんで競走しようなんて言い出したんだろう。コジの自転車が下り坂

のお終いを通りすぎた。続く登り坂を暫く惰性で走ったあと、コジはチラリとぼく

の方を向いてから、体重をかけてペダルを漕ぎだした。

 五秒程遅れて、ぼくも坂の底を通過。後ろを振り返るとマサミとサヤがゆっくり

と坂を下りてくる。あの二人は最初から競走する気なんか全然ないんだ。


「おーい。谷田部。早く来いよ」

 コジが上り坂の途中から叫んでいる。この坂を登りきったところが、アイツの決

めたゴール地点なのだ。でも、そこがぼくたちの目的地というわけではない。

 そもそも、ぼくたち四人が何処を目指しているかというと、隣の町に一か月ほど

前にオープンしたばかりの水郷公園だ。

 そこは水道の浄水場に併設された公園で、浄水場の仕組みを解説した展示施設が

建てられている。そこを見学して夏休みの自由研究にしようというわけだ。


 大体、自由研究というのだから、一人一人自由に研究させればいいものを、担任

の先生が

「一人にしたら、やって来ない奴ばかりになるだろ。だから、最初っからグループ

でやることにしとく方が良いんだ」

 といって勝手にチーム分けをしてしまった。

「何で女子と組まなくちゃいけないんですか」

「私だって男子と組むのはいやです」

 全部が男女混成チームだったので文句を言う生徒が続出した。

 けれど先生の

「そりゃな。女子の方が真面目だからだよ。男ばかりだったら、やっぱり何もでき

ませんでした、ってことになるだろうが」

 という言葉に押し切られた。


 でも先生の言ったことは図星だった。

 ぼくとコジが何にも考えていない間に、マサミとサヤが相談して今度の水郷公園

行きを決めたのだ。だから、四人して隣町までサイクリングということになったの

である。


 コジはひょうきん者でかなりの目立ちたがりだ。どこに情報源を持ってるのか、

いつも面白い話題を持ち込んでは、クラスにいろんなブームを巻き起こしてる。

 自分ではクラス一の人気者だと思っているらしい。それがほんとかどうか分から

ないが、クラスで一番喧しいことだけはたしかだ。


 マサミは女子の中ではリーダー的存在だ。

 背が高くて運動が得意で男みたいにサッパリした性格。頼りがいがあって、その

上に美人ときているからコジとは違った意味で皆に人気がある。


 サヤについてはあまり良く知らない。保険委員をやっていて、優しくてよく気が

きくと聞いた事がある。とても大人しい子で、ぼくも一学期中にサヤと話をした事

は一度もないと記憶している。


「なんだ。谷田部。お前野球やってるくせに、足腰が弱いんじゃないの」

 坂のてっぺんにいるコジのところにやっと辿りついた。

「野球と…自転車は…関係ないだろ」

 息が切れているので途切れ途切れの返事になる。

「大体さ…なんで競走…しなくちゃいけないわけ。先着十名に記念品という訳でも

ないだろうに」

「それは、大事な話しがあるからだよ。あの二人に聞かれたくない話が」

 コジが何やら意味深なことを言った。振り返って見ると、マサミとサヤは自転車

を押しながら坂を登ってきている。ここまで来るのにあと二三分かかるだろう。


「谷田部はさあ。どっちが好みなんだ」

「えっ」

「だからぁ、マサミとサヤのどっちが好きなのかって聞いてるの」

 どうして、いきなりそんな話しになるのか飲み込めなかった。

 改めて二人の姿を見直してみる。

 今日のマサミはスパッツタイプのジーパンに白地に青の横縞が入った半袖シャツ

を着ている。短く刈った髪にサンバイザーを被っていかにも健康美人という感じ。

 一方のサヤは白地に黄色の格子縞の袖なしワンピースを着ている。背が高い方で

はないのでマサミの傍にいると同じ六年生には思えない。

 日に焼けない体質なのか、麦藁帽子の下の顔が真っ白で、夏の日差しと不釣合い

に見える。


 コジは黙っているぼくの機先を制するように

「俺は断然マサミの方だな。美人だし、気を使わずに話しが出来るし、それに胸も

大きい」

 とまくし立てた。


 ぼくに女の子の好みを聞かれてもなぁ。というのが正直な気持ちだ。

 大体女子って、母親でもないくせに、ああしなさい、こうしなさいと口喧しい、

すぐに泣くし。面倒くさいったらありゃしない。

 だから、ぼくはコジの質問に対して

「今のところ、女の子に興味ないから。二人のうちどっちが好きとかはないよ」

 と答えた。

「じゃあ。決まり。俺はマサミで谷田部はサヤね」

 と勝手に話を進めた。

「お昼が済んだら、俺、マサミと一緒にいなくなるから、その時はサヤのこと面倒

みてやってよ」

「えー。ぼく、あの子とあんまり話したこと無いよ」

「大丈夫だよ、何とかなるって、じゃそういうことで宜しく」

 そう言ってコジがぼくの肩を叩いた。


 丁度そのとき

「あなたたち、何で二人だけ先に行っちゃうのよ」

 と怒り顔のマサミが近づいてきた。マサミから二三歩遅れてサヤがついて来る。

「大体、何で競走なんかしなくちゃいけないの。先着十名に記念品贈呈って訳でも

ないでしょ。馬鹿みたい」

 それ、さっきぼくが言った。と胸の中でツッコミを入れる。

「女の子が一緒なんだから、ペース考えてよね」とまくし立てる。

「大丈夫。わたし平気だよ」

 とサヤが呟いた。普段から小さい声なのだが、あまり元気そうには聞こえない。

「まあ。そう怒らないで、もう直ぐ目的地なんだからさ」

 マサミをなだめる台詞を吐きながら、コジが後ろを振り向いて見せた。


 目の前の視界いっぱいに吾妻ヶ浦(あずまがうら)の湖面が広がっている。水面

に浮かぶボートやヨットがここからではおもちゃのように小さい。大型の観光船が

湖の真ん中を通り過ぎていく。その船の舳先が立てる白波が湖の青さに映えて涼し

げだ。

 湖の周囲は直ぐ近くまで田んぼが迫っていて、大きく伸びた稲穂が、当たり一面

を若草色に染めている。

 ぼくたちが通ってきた道はここから下り坂になり、その若草色を一直線に突っ切

っている。そして、その道が湖と接するところが、ぼくたちの目指す水郷公園だ。


「ああ。奇麗」

 マサミは感嘆の声をあげ、自転車の籠に入れたバッグからスマホを取り出すと、

その風景に向かって何回もシャッターを押した。

「ねえねえ。ここで記念撮影しようぜ」

 とコジが提案した。

「遊びに来た訳じゃないから、そんなのいいじゃん。だいいち、まだ目的地に着い

たわけじゃないもの」

 とマサミが反対した。

「わたしもここで記念撮影したいな」

意外にもサヤがコジに同調した。

「えっ」

 といってマサミがサヤの顔を見る。

「だって、ここからの眺めとっても奇麗だし…」

 とサヤが小さな声で付け加えた。

「ふーん。サヤがそう言うんならいいや。じゃ、写すから皆集まって」

 といってマサミが立ち位置を決めた。ぼくの意見は聞かないらしい。

 ぼくとサヤは自転車を降り、湖を背景にしてマサミの前に立った。

「あれ、あんたは入らないの。自分から記念撮影しようって言ったくせに」

 自転車から降りようとしないコジに向かって、マサミが顔をしかめる。

「いやぁ。折角男女二組いるんだからさ。それぞれペアで撮ればいいんじゃない」

 とコジが答えた。

 やれやれ、早速始まったな。と思ったが、

「いいよ。それで、早く撮っちゃおうぜ」

 と賛同してみせた。

「しょうがないな、全く。じゃあ。撮るよ、二人ともこっち向いて」

 マサミがシャッターを押して、ぼくとサヤが写真に納まった。写真を撮り終えて

から気がついたのだが、どういう訳かサヤが真っ赤な顔をしている。

 次はマサミとコジの番だ。

 ぼくがカメラの係になった。コジはしたり顔をしているが、マサミは渋い顔をし

ていた。おまけにシャッターを押す瞬間、顔を横にそむけた。出来上がった写真を

見たらコジががっかりするだろうが、その場は黙ってやり過ごした。

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