【Crazy Idea】

お題「狂気の1つも孕んだことがなくて、何が厨二病か……」



「狂気ってなんだろうね」


 僕がそう言うと、親友である同級生は鼻で笑う仕草をした。


「お前には関係のないことだな。所詮、普通に生きてきた幸せな者達には理解が出来ない。それが狂気だ」

「そうかぁ」


 確かに僕は幸せだ。

 両親は優しいし、兄は頼りがいがある。妹は可愛い。

 ペットのダイゴローだって、僕に懐いている。


「幸せだと狂気って理解出来ないの?」

「勿論」


 親友は、最近染めた銀色の髪を指で梳きながら言う。

 魔法陣をあしらった指輪。日本人らしい顔には似合わない緑色のカラーコンタクト。

 自称、「選ばれし能力者」である親友は、絶賛、厨二病罹患者である。


 大学生でも厨二病って発症するんだなぁ、と思いながら、僕はスマートフォンを手に取る。

 届いたメールは彼女からで、可愛らしいネイルアートを施した爪が写っていた。

 『上手に出来たよ』という報告付きだ。


「狂気というのは」

「あ、まだ続いてたんだ」

「人の心から生じるものだが、殆どの人間には定着しない。俺のような人間はまた別だ」

「厨二病の上に狂気まで抱えてるってこと? それとも厨二病の延長?」


 皮肉っぽい口調で尋ね返したが、それに対する返答は気障ったらしく前髪を払いのけた後で告げられた。


「狂気の一つも孕んだことがなくて、何が厨二病か……」

「あー、自分が厨二病だって自覚はあるんだ。その時点で結構怖いよ」


 大学の屋上は爽やかな風が吹き抜けている。

 突然休講になったために、息抜きとしてやってきたが、存外心地の良い場所だった。

 僕は初めて訪れた屋上を、体ごと回転しながら見回す。


 青いフェンス、銀色の鉄条網。

 鳥の糞と、枯れた葉の山。

 給水塔が一つ、偉そうに鎮座している他は、目立ったものは何もない。

 ベンチぐらいあれば、絶好の昼寝スポットになりそうだった。


「で、選ばれし者的にはさ、今日の運勢はどうなの?」

「今日は午後から雨が降る」

「さっき天気図見てたもんね。雨かぁ」

「気象予報などではない。これは託宣だ」


 天気図を見る託宣があったら、まぁそれはそれでハズレない占いとして良いかもしれない。

 最近の天気予報は、よく外れる。


「天気と狂気の密接な関係について教えようか」

「いらない」

「月が人の狂気を導く。これは古代より伝えられてきた「ファクター」だ」

「あ、やっぱり話は続けるんだ」

「しかしこの場合、月が狂わせたというよりは、「月が出ているから狂ってもいいんですよ」という免罪符のような働きも伴っていたのではないかと考える」


 流暢に自説を述べながら、親友は気取った足取りでフェンスの方に向かい、右手の指でそれを掴んだ。


「月が狂わせるというのであれば、あの光の根源は太陽だ。反射した太陽の光で狂うなんておかしな話だろう?」

「まぁ一理あるけど」

「しかし、狂気をもたらす力はなくとも、俺みたいな人間の狂気に寄り添うことは有り得る。今宵は満月。盟友達と共鳴するにはうってつけだ」

「チャット仲間ね」


 どうせ、オンラインゲームをするだけなのに大仰な話だ。

 僕はフェンスを掴んで地上を見下ろしている親友の隣に立つ。

 何も面白い物は見えなかった。強いて言えば。いや、やっぱり何もない。


「つまり、お前の中には狂気が詰まっているってこと?」

「その通りだ。この臓腑を切り裂けば、悪魔のはらわたが姿を見せるだろう」

「はらわたって……、昨日食べたモツを思い出すからやめてよ」


 親友は僕の顔色が悪くなったのを見て、得意げな表情になる。

 そして何かを言おうとして口を開いたが、そこからは何の音も出なかった。

 不思議そうに、何度か口を上下する。ダイゴローにちょっと似ているなと思った。

 僕のペットである金魚のダイゴローは、空気と餌を求めて、あぁして口を動かす。赤い尻尾を揺らして。


 うん、それもそっくりだ。


 首から吹き出した血を、かき集めようとする手が血に濡れて揺れている。

 僕は右手に握ったサバイバルナイフについた血を、まじまじと眺めながら言った。


「血の色は大して変わらないね」


 その場で、親友は何度か足踏みをして、宙を手で引っ掻く真似をした後で屋上に倒れこんだ。

 倒れた拍子に目から外れたカラコンが、銀色の髪に張り付いていた。


「うーん」


 目を見開いて事切れた親友は、どうにも生き返りそうにない。

 選ばれし者は心臓を二つ持っているんじゃなかったっけ?


 赤く広がる彼の血からは、狂気らしき物は見つからなかった。

 はらわたを見ないとダメなのかな?

 でも面倒だな。もう少ししたら次の授業が始まるし。


 僕はスマートフォンに表示された時刻を見て、頭の中で今日のスケジュールを確認する。


「後でやろっと。悪いけど、そこで待っててね」


 返事はなかった。あったら怖いけど。

 僕は邪魔になったサバイバルナイフを親友の体に突き刺し、身軽になったことを確認してから其処を後にした。


 狂気ってなんだろうね。

 今度は彼女に聞いてみようかな。


END

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