【クリスマス遊戯】


お題「おもちゃで遊ぶ大人 」


※拙作「即席風物詩」のキャラで作っています


 クリスマスは暇だった。

 誰も彼もが華やかなところに、恋人と手を取り合って出かける日であれば当然だった。

 恋人がいない人間にしたって、その惨めさと向き合いたくはないのだろう。


 普段なら撮影だの、デリヘルだので賑わう貸部屋業だったが、このときばかりは不況だった。


「何かやることねぇかなー」


 麻木真は、赤と緑のクリスマスカラーに染めた髪をかき回しながら言った。

 何故そんな色にしたのかは不明だが、赤と緑が混じった部分は非常に汚い。


「なんもねぇよ」


 結城智弘はそっけなく返しながら、手に持ったスマートフォンに目を向ける。

 SNSはクリスマス一色に染まり、その合間で「クリスマスなんか滅べ」とかコメントしている連中が痛々しい。


 今年はクリスマスが土日に重なったこともあって、シフトに入れる者も少なかった。

 いつも暇な真と、偶然暇で、クリスマスになんの感傷もない智弘だけが店にいた。


 時刻は十四時。平素なら十五時で早番のシフトが終わって中番に引き継ぎするのだが、今日は二人共中番まで通しだった。


「そんな暇なら、ケンタのバレル買ってくればいいだろ」

「はぁ?予約してねぇのに買えるわけねぇじゃん」


 基本的にハッピーバカなのに、そういうところはすぐに結論が出せる真に、智弘は内心で溜息をつく。

 面倒くさい。暇なら暇で良い。

 そう思いながらも、目の前で「暇ー」と叫ぶ男を説得出来そうになかった。


「ちょっと大通りの方にいけば、人なんか沢山いるのにさ。すっげぇよ、さっき煙草買いに行ったら、ガキ連れたのばっかり」

「そりゃそうだろうな、すぐそこが玩具屋だし。子どもたちがクリスマスプレゼント買ってもらってるんだろ」


 智弘がそう言うと、真は目を大きく見開いた。


「いいこと思いついた!」

「思いつかないで座ってろよ」

「おもちゃ買ってくる」

「……なんで?」

「クリスマスプレゼントと言ったら、おもちゃだろ?」

「三十路ギリギリの奴の口から聞きたくねぇなー、その理論」

「まぁまぁ、結城にも遊ばせてやるから。ちょっと待ってろよ〜」


 そこで止めておけばよかった。

 止められないにせよ、せめて何を買うつもりか聞いておけばよかった。


 一時間後に智弘は、真がキラキラとした目で差し出した箱を見下していた。

 それは小型モーターにより動くラジコンだった。智弘が小学校低学年の頃に、兄が夢中になっていた代物だった。

 勿論、物としては知っているが、テレビゲーム世代の智弘は遊んだことはない。


「これ、安くてさぁ。五百円だぜ、五百円! モーターとか買ったら千円になっちったけど、安いよなぁ」

「あのさ」


 安っぽい紙箱の表には「組み立て説明書いり!」とわざわざフリガナ付きで書かれていた。


「これって、プラモだよな?」

「当たり前だろ」

「うわ、面倒くせぇー」


 テレビゲーム世代の智弘はプラモデルを作った記憶があまりない。

 あるにはあるのだが、さして面白くもなかったし、作りあげたところで達成感もなかった。


「なぁ、ハサミとって」


 智弘の憂鬱などお構いなしに、真はプラモデルを組み立て始める。

 だが、自分しか手を動かしていないことに気付くと、不満そうに口を尖らせた。


「お前もやれよ」

「えー」

「いいじゃねぇか、暇なんだし」


 渋々、パーツを手にとって、ハサミを構える。

 ランナーとパーツを繋いでいるゲートに刃を入れながら、ふと思い出したように智弘は口を開いた。


「これってヤスリかけとかしないといけないんじゃなかったっけ?」

「そーそー。でも見つからなくてさ、ヤスリ。爪切りのヤスリで代用するからいいよ」

「あれ、部長の爪切ったやつじゃん。汚ぇよ」

「いいんだよ、んなことどうでも」


 真は意外と器用にパーツを切り分ける。切り口は丁寧で、ヤスリも殆ど要らなそうに見えた。


「俺はこれを作りたいだけだから、綺麗とか汚いとかはどうでもいいんだ」

「なんだそりゃ」


 クリスマスの昼下がりに、成人した男が二人、子供向けのプラモデルを作っている。

 なんとも虚しい光景だが、それを指摘してくれる者はいない。

 

「楽しいなー」


 不意に真がそう言ったので、智弘は若干の苛立ちをこめて尋ね返した。


「あ? 何がだよ?」

「最近、クリスマスに遊ぶって言うと、飲みに行くか麻雀するかだろ?純粋な「遊び」って懐かしいからさ」

「まぁ普通、やらないからな」


 パーツを切り分けて、必要な部品ごとにテーブルに並べる。

 真は煙草を加えながら、その作業を楽しそうに行っていた。


「見てろよ。すっげぇマシン作ってやるから」

「千円じゃ無理だって」

「バッカ、お前、こういうのは気合なんだよ」


 気合とやらで早くなるマシンは、それはそれで問題がある。


「で、どこ走らせるんだ?」

「決めてねぇけど、今ってどこに客入ってる?」


 真の問いに対して、智弘は入室表を確認した。


「三階かな」

「じゃあ三階の廊下で爆走しようぜ」

「迷惑だろ」

「いいんだよ。クリスマスなんだから」

「意味わかんねぇ」


 三階にいる客の退室時間は三十分後だった。

 智弘はそれを確認してから、組み立て説明書を広げる。


「あと二十分で組み立てられるかな?」

「走るだけなら十分だろ。走らせる時は「メリークリスマース!」って言うんだぞ」

「言わねぇよ」


 不純な動機で組み立てられていくプラモデルは、心なしか淀んだオーラを放っていた。


END

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