【オアシス】

お題「人造人間の出てくるお話。」


 ロボット工学の行き着く先は、人間と変わらぬ姿をした人造人間である。

 利便性とメンテナンス性を考慮すれば、わざわざ人間の姿にする必要はない。

 だがそれでも人はロボットを人造人間にしたいと欲した。


 「愛着」

 それが人造人間に求められることである。

 人間が愛情を持ち、接することが出来るロボットは、歯車と端子基盤が剥き出しの「機械」ではなく「人造人間」が好ましいとされた。


「ねぇ、アカリ」


 どこまでも続く砂漠を眺めながら、男は同居人の名前を呼ぶ。

 部屋の掃除をしていた少女は、ゆっくりを顔を上げた。


「なんでしょう、エスト」

「最近、砂漠の様子がおかしい気がするんだよ」


 男はそう言って、軽く咳き込んだ。

 腰掛けた椅子が、少し歪んだ音を立てる。


「私の見る限りでは、特に問題はないと思います」

「そうかなぁ」


 ほぼ完璧な人造人間が出来てから半世紀。

 家事や仕事におけるパートナーを人造人間に一任することは珍しいことではなくなった。

 しかし、当初は「良き人間のパートナー」として作られた人造人間は、進化の過程において「丈夫な道具」にもなってしまった。


 人々が自らの幸福な生活のために資源を使い続けた結果、地球の半分は砂漠か、あるいはまともに生命の存続できない土地となった。

 しかし、それでも人々には生きるべき未来がある。

 そのため、愛情を込めて作り続けたはずの人造人間を、砂漠や劣悪な環境に放り込んで、労働をさせるようになった。


 そして同時に、限られた資源を大切に使うために、政府によって「不要」と見做された者は、人造人間達の現場監督や現地でのメンテナンスをさせるために、都市部から追いやられた。


 エストはかつて都市部にいた、有能なエンジニアだった。

 しかし、体を壊してしまったことで都市部で働くことが出来なくなった。


 幸い、それまで溜め込んでいた財産があったため、それを投げ打って、砂漠に建つこの家を購入した。

 太陽光発電で半永久的に電力を供給でき、家の外壁は砂漠の砂と熱に晒されても数百年の維持を約束されている。

 それになにより、この建物はオアシスの上に建っていた。


 砂漠では貴重品とされる水が、家の中に湧いている。

 それは紛れもない贅沢品であり、勿論それだけ値段も高かった。


「エスト、今日は体調がいいのですか?」


 アカリが首を傾げながら尋ねる。

 この物件を購入した時に、「オプション」としてついてきた人造人間だった。

 体を壊したエストにとっては、なくてはならない存在である。


「今日はね、随分といいよ」


 日差しを避けるためのサングラスをかけ直しながら、そう答えた。

 これがないと、日光が眩しすぎて何も見えないに等しい。


「だから砂漠を見ていたんだ」

「あまり眺めていると、目によくありません」

「あぁ、そうだね」

「お食事にしましょうか」


 人造人間であるアカリは、溌溂と動く。

 砂漠の中のオアシスのように、彼女の存在はエストを和ませた。


「オアシスでお魚が取れて。ちょっと大きいので、卵を持っているのでしょう」

「それは楽しみだね」


 二人分の魚を採った程度で、オアシスの生態系は崩れない。

 そう言ったのはアカリだっただろうか、とエストは想起する。


 人造人間も食べ物は摂取する。オイルが不足してきた頃から、人造人間のエネルギー源は食べ物に変わった。

 ただ、人間と違って味覚はないので、その食事はあまりに素っ気ない。

 エストが普段食べる物はアカリが作ったものだったが、そのせいでいつも薄味だった。


「アカリは都市部に行ったことはあるんだっけ?」

「その質問は十五回目です。私は都市部に行ったことはありません」

「いつか行ってみたいね。きっと驚くよ」

「エストが元気になったら行きましょう」


 アカリはクスクスと笑う。

 幼子が両親の約束を信じるかのような、純粋な笑みだった。


「この砂漠には誰も来ないね」

「何もありませんから。この建物とオアシス以外、砂だけの世界です」

「この物件を作った人は、何を考えて建てたのだろう?」


 エストが呟くと、アカリが困ったように眉を寄せた。

 その頭蓋に入ったデータベースにない会話パターンなのだろう、とエストは解釈する。


 人造人間は自己学習能力があるし、その基盤となるデータベースには普通の人間と会話が出来るだけの知識は用意されている。

 だがそれでも予想外の質問が来ると、答えることもごまかすことも出来ない。


 物件のオプションであるアカリが、そのことを知らないのは少々不自然でもあったが、エストにはどうでも良いことだった。

 何もない砂漠を見て、味のない食事を味わって、アカリと話をする。

 それがエストの楽しみだった。


「今日は何かが起こりそうな気がするよ。アカリはそう思わない?」

「エストがそう思うなら、そうなのでしょう」


 何処か空虚な笑みをアカリが浮かべる。

 エストはそれから視線を外して、再び窓の外を見た。


「お食事、持ってきます」

「うん、よろしく」


 アカリが部屋を出て行った後、エストは遥か彼方まで続く地平線を眺めていた。

 茶色い砂漠の、砂埃のせいで不均一な地平線。蜃気楼が更にそれを歪ませている。


 これを見た時に、アカリが「あら」と言ったのを覚えている。

 何故アカリはそんなことを言ったのだろう。嬉しそうな口調だったが、その理由はわからない。

 物件のオプションとして彼女を。


 否、とエストは思い留まる。


 彼女はオアシスの横にいたのだ。

 そして、エストを見て「あら」と言った。裸足姿で魚を右手に下げて、エストを出迎えた。


「……何で」


 何かがおかしい。

 自分は、都市部のエンジニアで、体を壊して、この物件を。

 アカリはオプションの人造人間で、自分の世話を。


 その時、エストの視界に何かが入った。

 砂漠の向こうから、誰かが歩いてきていた。


 片足を引きずり、右肩を少し下げて、砂に足を取られながらまっすぐに進んでくる。

 人造人間だ、と瞬時に理解したエストは、自身のその思考回路に戸惑いを覚える。


 何故、離れた場所にいるあの人物が、人間ではなく人造人間だとわかったのか。

 ほぼ完璧に作られた彼らと人間を見分ける方法は、その体内に仕込まれたチップしかないのに。


「……僕は」


 調子の悪い目、壊れた体。

 それは病気や怪我ではなく、損傷と経年劣化。


 味のない食事は、アカリが味覚を持たないからではない。

 本当は味があるのに、自分が味を理解出来ないだけ。


「そうか、そういうこと……だったのか」


 エストは口元に笑みを浮かべて黙りこんだ。

 それから数分して、アカリが部屋に入ってくる。


「エスト、食事を……」


 異常に気がついたアカリは、エストの傍に近付いた。


 サングラスを外して、割れた眼球部品を覗き込み、電子信号が失われていることを確認する。

 それから外を見て、何かが近づいてくるのを確認した。


「何番目のエストかしら」


 食事を載せたトレイをそのままにして、再び部屋を出る。

 新しいエストを迎え入れ、メンテナンスと記憶改竄をする必要があった。


 病める人造人間を治し、癒やすため、アカリは此処にいる。

 身勝手な人間によって生み出されて、酷使されて壊れていく人造人間。

 例え自己満足だとしても、アカリは少しでも彼らを助けたかった。


「全財産注ぎこんでも、人造人間の一体も満足に助けられないんだもの。お金なんて意味ないわね」


 一階に降りて、外に通じる窓のロックを外す。

 そうしてアカリは、「人造人間」として新しい主人を招き入れた。


END

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