短編置き場

淡島かりす

【雨の帰り道】

お題「楽曲モチーフのお話を。」



 雨が強く振る夜だった。

 都会は夜でも街灯やネオンサインが絶え間なく輝いている。

 細い雨がその光を反射してキラキラ光って、糸のように見えた。

 傘を差すほどではないし、そもそも傘を今日は持ってこなかった。

 これというのも全て天気予報と、その天気予報を見ない私が悪い。


 バイトの帰り道に、私はその道を一人歩いていた。

 雨は嫌いではないが、こう寒いと話は別だった。

 先程まで、帰りたいと心の中で叫んでいたパチンコ屋の暖房が、今は酷く懐かしい。



 暇つぶしに足元の石畳を真っ直ぐに踏みながら歩く。

 駅まではもう少しだった。電車にさえ乗れば、あとは窓の外の漆黒を眺めるだけで地元駅まで導いてもらえる。

 無駄な意識など放棄して、歩いていたはずだった。

 だから、途中で足元から顔を上げたのも偶然だった。


 帰り道の先を見て、私は息を飲む。

 其処には、いつか会いたいと思っていた人が笑っていた。

 紫色の小さなビニール傘の中、二人で身を寄せあって笑っている。

 それを見て私は、心の中のドス黒い気持ちがこみ上げるのを感じた。


 昔はこのぐらいの雨だったら、傘なんて差さなかったのに。

 私と二人で、雨の中濡れて、くだらない話をしながら帰ったのに。


「どうして」


 誰にも聞こえない呟きは、雨に紛れて消えていく。

 傘の向こうに見える少女が華やかに笑う。


 私より綺麗で、私みたいに黒い感情もなさそうで、なにより幸せそうだった。

 薄暗い雨の道で、彼女は輝いていた。


 だから彼女は傘を差してもらえるのだろうか。

 私も彼女ぐらい綺麗だったら、傘を差して貰えたのだろうか。


 悲しい気持ちになって、私は宙に右手を伸ばす。

 街灯に照らされた雨の糸を指で弾いた。


 G Am F

 Fm A Cm Bm


 架空の弦を弾く。

 それはあの日、ライブで奏でた音だった。

 あの時、傍にいて一緒にギターを持っていた彼は、今は傘を持っている。

 そして私は傘すら持っていなかった。


 降り注ぐ雨が、私の顔を濡らしていく。未練がましくつけた右耳のピアスも濡れていた。

 銀色が好きだと言ったら、誕生日にくれたピアス。正直好みのデザインではなかった。彼との間に残った唯一の繋がりをぶら下げていたに過ぎない。

 でも彼女が同じものを貰っても、こうして濡れることはないのだろう。傘を差してもらえるから。


 これ以上見ていられなくなって、私は空を見上げた。暗雲に覆われた中から、私は昨夜の月を見つけようとしていた。

 この帰り道も、傘も、彼女も、彼も知らなかった、昨日の空を見たかった。


 ここで叫びだして踊っても、彼は私の物に戻らない。

 哀れな道化。いっそこの雨が私を殺してくれないだろうか。


 なんて嫌な帰り道なのだろう。私はそう思いながら、まだ昨日の月を探し続けていた。



参考/「蓮華」國立少年  敬称略

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