10#野犬の魂は風船になって

 「かかれーーーーっ!!」


 ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!


 必死に背中に噛みつく野犬のカイザーをぶら下げて、猛スピードで走っていく厳つい巨大イノシシを、いっぱいの猟犬達が食らい付かんばかりに追いかけていた。


 しかしポインターのポチだけが、口にパンパンに膨らんだ風船をくわえて、背中で振り落とされないように食らい付く野犬のカイザーを必死に追いかけていった。




 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!


 「ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!ばうっ!!」



 猟犬達は、次から次かへと巨大イノシシに食らい付くが、何度とも振り払われてはバウンドして地面にもんどりうった。


 それでもしつこく食らい付いているのは、野犬のカイザーのみだった。


 カイザーの牙は、巨大イノシシの背中の肉まで達しており、痛みを堪えられずに気が狂ってしまい、既にもう誰も止められない状態に達していた。


 「カイザァァァァーーーー!!俺だよォ!!ポチだァァァァーー!!この風船覚えてるかァァァァ!!遊ぼう!!遊ぼうよねえ!!」


 カイザーは、ポチの呼掛けに反応するように、キッ!!と睨んでこう言った。


 「ポチ!!おめえ!!『猟犬』だろうが!!今どういう状況か解ってるのか!!

 『空気』読め!!」




 ぷぎーーーーーーっ!!




 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!




 突然、額に傷があるこの巨大イノシシは、スピンターンして牙を突き立てて猛スピードをあげて後方の猟犬達へ向かって突進してきた。


「ひいっっっっ!!」

 ポチはとっさに怯んだ。



 ぱっ。



 「しまったー!!口から風船が離れた!!」


 カイザーと遊ぶ筈の風船は、巨大イノシシの突進の風圧に煽られて、ヘリウム入りでも無いのにどんどんフワフワと空へ登っていってしまった。


 他の猟犬も、間一髪怯んで脱落者は居なかった。


 巨大イノシシはそこでスピンターンすると、また猟犬達に向かって猛突進してきた。


 ばっ!!


 そのに透かさずジャンプしたのは、あのビーグル犬のセルパだった。


 「セルパ!無茶するな!!」


 ポチは、気がきでなくて思わず大声で呼び掛けた。


 「ウルセー!!おめえはおめえの心配しろ!!」


 巨大イノシシはセルパの額をかすめ、向う側へ行ってしまった。


 「やっぱイノシシだなあ・・・『猪突猛進』とはこういうことか・・・げっ!!」


 巨大イノシシは、またスピンターンして今度はポチに向かってやって来た。


 「舐めてるのか?あのイノシシは?図体ばかりデカイとおもったら・・・

 よし!!こっちから反撃開始だ!!

 俺は、イノシシの死角を見つけた!!」


 いきり立ったビーグル犬のセルパは透かさず、巨大イノシシに襲いかかった。


 「セルパ!!死ぬ気か!!」



 がぶっ!!



 セルパは、イノシシの脚にガブリついた。




 ぷぎいいいいいぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!!




 巨大イノシシは悲鳴をあげた。


 


 ドドドドドドドドドドドドjドドドドドドドドドドドドドドドド!!



 巨大イノシシは背中にカイザーが、更に脚に食らいつくセルパの牙を振りほどこうとくるったように必死に走り回った。




 ぷぎーーーーーーっ!!


 ぷぎーーーーーーっ!!


 ぷぎーーーーーーっ!!




 巨大イノシシは悲鳴をあげた。



 「お前!!ビーグル!!無茶はよせ!!」


 カイザーがビーグル犬のセルパに注意を促しても、全く聞き入れなかった。


 ・・・俺は、ポチの奴に出逢った時にポチも俺と同じ、前の飼い主に虐められて捨てられた境遇だと知った・・・!!


 ・・・そんなポチがピンチなのに、俺は指くわえて見てるなんか出来っかよ・・・!!


 「振り落とされるもんか!!振り落とされるもんか!!振り落とされるもんか!!振り落とされるもんか!!振り落とさ・・・


 ?!!


 「しまった!!目の前に岩が!!」


 「セルパ危ない!!」



 がっっっつぅぅぅーーーん!!



 セルパは、岩に激突したとたん揉んどり打って転げ、そのままピクリとも動かなかくなった。


 「ぬおおおおおおおおおお!!てめえええええええええええええええええ!!」


 野犬のカイザーは激怒した。


 飼い主との絆を奪い、今度は1頭の猟犬の命まで奪ったこの巨大イノシシをもう生かしておくには行かなくなってしまった。


 「えめええええええええええて!!ぶっころしてやるうううううううううううう!!」


 

 ガブッ!!


 ガリッ!!


 ガリッ!!



 カイザーは、牙をさらに背中にめり込ませ、鋭い爪を立てて馬乗りになり、今度はのど笛へ牙を食いつこうと、めちゃめちゃ暴れまくる巨大イノシシの背中に必死にしがみついた。


 「カイザーーーー!!カイザーまで!!」


 ポチは悲鳴をあげた。


 「ポチ!!てめえ!!泣きべそかく暇あったらお前もイノシシに食らい付け!!」


 他の猟犬達も、負傷したビーグル犬のセルパに続かんと次々と巨大イノシシにしがみついた。


 「お前ら!!無駄死にするな!!これは俺だけの獲物だ!!」


 カイザーは、一緒に食らい付く猟犬達を説得して1頭ずつ引き剥がした。


 「でも・・・パートナーに賞金を・・・」


 「賞金なんかより、お前らの命だ!!何処まで忠実なんだよ!!お前らは!!」


 

 ズザザザザサザザ!!



 「うわーーーーーっ!!」


 「離れるーーーーっ!!」


 「たすけてーーーーっ!!」


 巨大イノシシがスピンターンしたとたん、食らい付いていた猟犬達は皆遠心力で放り投げられ、もれなく地面に叩きつけられた。


 「あいつは・・・化け物か?」


 「化け物って、あのイノシシのことか?」


 「違う!!あの野犬のことだ!!」



 猟犬達は、岩場に倒れたセルパを担いで安全な場所へ待避されると、皆草葉に待避した。


 残ったのは、巨大イノシシにまだ食らい付く野犬のカイザーと、カイザーを何とか助けようとするポチのみとなった。



 ガッ!!


 ドガッ!!


 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ・・・



 巨大イノシシは、振り落とそうにも離れないしつこい野犬を振り落とすために、身体を地面に擦り付けたり、岩盤でゴロゴロ転げ回った。


 「へへへへへ・・・そんなことやったってヘッチャラだよーーん!!」


 「何がヘッチャラだよ!!身体中が血塗れで痣と内出血で腫れてるじゃねぇか!カイザーさん!!」


 巨大イノシシを必死に追いかけているポチは、半泣きながら言った。


 「へへへ!そんなのヘッチャラだ!!」


 カイザーの身体中の痛みを我慢するようなこのやせ我慢を、ポチはみのがさなかった。


 ・・・本当にどうすれば・・・



 その時だった。



 ふうわり・・・




 ふうわり・・・



 ポチが離して舞い上がった風船が、巨大イノシシの側に堕ちてきた。


 「萎んでる・・・」


 風船は、パートナーが結わえた吹き口の結び目が緩かったいか、風で流されてくうちにほどけて空気が抜けてしまったのだ。


 「そうだ!!」


 何を思ったか、ポチは萎んだ風船をくわえると、バッ!!と巨大イノシシの行く手に飛び出した。


 ぷぅ~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~!!




 ぷぎーーーーーーーーーーーっ!!




ポインター犬のポチは、巨大イノシシの目の前で口で風船をぷー!ぷー!膨らませたのだ。


 それには、巨大イノシシには仰天した。


 しかし、風船に目を輝かせて止まるどころか更に加速して膨らんでいく風船へまっしぐらに突っ込んでいったのだ。


 「しまった!!逆効果だった!!」


 慌てて飛び退けたポチの口から、膨らませた風船が離れ、



 ぷしゅーーーーーーー!!!


 ぶおおおおおおおおーーーー!



 と轟音をたてて空気が抜けて吹っ飛んで行った先・・・


 ぱくっ。


 巨大イノシシが風船の吹き口をキャッチしてしまったのだ。


 「ええええええええええ?!」


 それには、ポチは唖然とした。


 ぷぅ~~~~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~~~~!!



 「流石に巨大イノシシの肺活量だ。走りながら、物凄い早さで風船を口で膨らませてる!!」


 やがて、



 バァーーーーーーーン!!



 ぷぎーーーーーーーーーーーっ!!



 「うわあああああああ!!」

 

 膨らませて大きくなりすぎた風船が、割れて仰天した巨大イノシシは突然大暴れして、背に食らいついていたカイザーは思わず振り落とされそうになった。


 「ポチ!!なんてことしやがるんだ!!」


 「ごめん!!何とかイノシシを止めたい一心で・・・」


 「ポチ!!えらいぞ!!お前のせいで俺はこいつを倒すヒントを考え付いた!!」


 カイザーは、何を思ったか前のめりになって巨大イノシシの顔の前を塞ぐように這いつくばった。


 「え?」


 「ええっ?!」「なにぃ!!」


 他の猟犬達も、カイザーのそのやり方に驚愕した。


 カイザーはまず、巨大イノシシの口を力ずくで塞ぎ、大きな鼻の穴に口を宛がって息を深く深く深く深く吸い込み、



 ぷぅ~~~~~~~~~!!

   

 ぷぅ~~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~~!!



 と、風船に息を入れて膨らますように巨大イノシシの肺の中へ思いっきり息を吹き込む行動に出たのだ。




 ぷぅ~~~~~~~~~!!

   

 ぷぅ~~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~~!!



 「どうだ!!苦しいか!!『ブーセン』だもんな!!「風船イノシシ」だもんな!!

 何なら、俺がこの『風船』を膨らませてパンクさせるだけだ!!」


 カイザーは、更に巨大イノシシの鼻の穴へ頬をはらませて息を吹き込んだ。


 

 ぷぅ~~~~~~~~~!!

   

 ぷぅ~~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~~!!

   

 ぷぅ~~~~~・・・



 ガリッ!!


 「ぎゃいん!!」


 ハプニングが起きた。


 口を塞いでいたカイザーの前肢が、巨大イノシシに噛み砕かれてしまったのだ!!


 「チクショウ!!なんのこれしき!!」


 前肢の片一方を失ったカイザーは、身体中を使って巨大イノシシの口を塞いで、更に鼻の穴へ息を吹き込んだ。



 ぷぅ~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~!!



 「カイザーァァァ!!もうやめて!!無茶なことを・・・」


 「黙れ!ポチ!」


 瀕死のセルパは、泣き叫ぶポチを咎めた。


 「あいつは、闘っている。1対1の決闘だ・・・お前は手出しをするな!!」


 「しかし・・・」



 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!



 カイザーは、ただ巨大イノシシの目の前を塞いでいた息を鼻に吹き込んでいる訳では無かった。


 もうひとつ、作戦があった。


 ・・・このまま巨大イノシシを苦しんで混乱させ、あの崖に転落させれば・・・


 ぷぅ~~~~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~・・・



 バァーーーーーーーン!!



 「イノシシが遂にパンクしたーーーっ!!」


 「違う!!俺達のパートナー達が銃で一斉にイノシシを撃ったんだ!!」


 巨大イノシシの身体はカイザーの吐息で、本当に巨大風船のようにパンパンに膨れ上がっていた。


 しかし、銃弾は巨大イノシシには命中しなかった。


 ダーーーーーーーーン!!


 ダーーーーーーーーン!!


 ダーーーーーーーーン!!


 ダーーーーーーーーン!!



 ぷぎーーーーーーーーーーーっ!!


 ぷぎーーーーーーーーーーーっ!!


 

 巨大イノシシの身体は頑丈で、弾を悉く弾き飛ばしたからだ。


 銃弾を浴びているのは巨大イノシシの鼻にかじりついているカイザーの方だった。


 カイザーはそれでも巨大イノシシの口と鼻を死物狂いで塞いでいた。


 「よし・・・もうひと吹きでこのイノシシは爆裂する!!崖に落ちるか爆裂が先か!せーの!!」



 ダーーーーーーーーン!!



 「きゃいーーーーーん!!」



 ぷぎーーーーーーーーーーーっ!!



 銃弾が、カイザーのこめかみを貫いた。


 と、同時に巨大イノシシの鼻の穴から大量の空気が吹き出し、その強大な風圧で巨大イノシシを崖へとまっ逆さまに突き落とした。



 ダーーーーーーーーン!!


 ダーーーーーーーーン!!



 崖の下に墜落していく巨大イノシシへ更に銃弾が撃ち込まれ、遂にイノシシは絶命した。



 「カイザー・・・ごめんよ・・・」


 野犬のカイザーを射殺したのはポチのパートナーであり、カイザーの元パートナーのハンターだった。


 「俺、言ったよな・・・もしお前がイノシシに殺されずに実は生きてて、人様に被害を加えてると知ったとき・・・俺の手で・・・見付け次第あいつを葬らなければと・・・

 俺・・・本当にお前を葬ってやっと判ったよ・・・俺が俺を見捨てても、お前は俺を見捨てて無かったことを・・・

 決着着けたんだよな・・・これでいいんだよな・・・

 ありがとう・・・ごめんな・・・!!」


 パートナーは既に冷たくなったカイザーの亡骸を抱き締めて、大声で嗚咽した。


 「くうううううん・・・」


 パートナーの傍らに居たポチも、目に大粒の涙を流してカイザーの亡骸に頬を寄せて、惜別の遠吠えをした。


 「うおおおおおおおおおおん!!」


 「うおおおおおおおおおおん!!」


 「うおおおおおおおおおおん!!」


 「うおおおおおおおおおおん!!」


 他の猟犬達も、一緒に涙を流して遠吠えをした。



 「あ、」


 「風船だ。」


 「風船が飛んでいく。」


 猟師達は、空にカイザーと同じ茶色の風船がフワフワと飛んでいるのを見つけた。


 その風船は、カイザーの魂のように天国へと飛んでいってやがて見えなくなった。











 










 


 

 

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