5#猟犬、風船を膨らます

 御主人が居ない雨の昼下がり。


 ・・・やっぱり捨てられちゃったかなあ・・・?

 ・・・あのカイザーさんの割れちゃった風船・・・


 ポチは乱雑したガレージの中を、鼻をクンカクンカと辺りを嗅ぎながらあの野犬のカイザーが膨らませた割れた風船を汲まなく探し回った。


 

 ゴソゴソゴソゴソゴソゴソゴソゴソ・・・



 がつん!!



 がらがらがっしゃーーーーん!!



 「しまった!!道具箱ぶちまけたーーー!!御主人様に怒られちゃう!!」


 ポチは青ざめた。


 「あれ?」


 ポチはぶちまけた道具箱の中から、カラフルな見覚えがあるちっぽけな丸い袋がいっぱい散乱しているのを見付けた。


 ・・・これは・・・


 ・・・萎んだ風船・・・!?


 ・・・あの時、風船から空気が抜けて萎んだ風船と同じ・・・


 ・・・はっ・・・?!


 猟犬のポチは、ある衝動に駆られた。


 ・・・俺がこの風船を膨らませてみる・・・?


 ポチは、青い萎んだ風船の吹き口を牙で掴んで口にくわえてみた。


 ・・・どうやって膨らませたんだっけ?カイザーさんは・・・?



 ・・・ん・・・

 「ふぅ・・・」



 ぷくっ。



 「!!」


 野犬のカイザーは、風船をくわえて溜息をついたとたんぷっくりと風船が膨らんだのをみてビックリした。



 ぶぉっ!!


 

 ポチが風船の吹き口を放したとたん、風船から吐息が抜けて吹っ飛んだ。


 「そうだぁ・・・!!息を吹き込めばいいんだ。」


 猟犬のポチは深く深く深く深く息を思いっきり吸い込み、風船の吹き口を口にくわえて、鼻の孔をパンパンにして、頬をめいいっぱいはらませて、顔を真っ赤にして、吐息を思いっきって萎んだ風船に吹き込んだ。




 ぷぅ~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~!!



 青い風船は、ポチの吐息でどんどんどんどん大きく膨らんでいった。

 

 


 ぷぅ~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~!!


 ぷぅ~~~~~~~~!!




 ポチは、風船に吐息を吹き込みながら思い出していた。


 ポチと御主人との出逢いのことを・・・

 

 

 ・・・・・・



 ・・・・・・



 ポチは、かつて違うハンターに飼われていた。


 違うハンター・・・


 しかし、そのハンターはポチには何も信頼さえも感じず、何時も猟に失敗してもしなくても殴る蹴るの虐待を繰り返していた。


 何せ、『狩る』と言うより『殺戮』を楽しんでいたのだ。


 有害鳥獣や外来種といった『狩るべき』獣だけでなく、カラスやハトやスズメや小鳥や水鳥、キツネやタヌキ、アナグマからリス、テン、ハクビシンどころか野良犬猫までありとあらゆる鳥獣を非合法な手段を使ってでも殺しては、ブログやSNSに獲物の画像や獲物を無造作に振り回してはしゃぐ姿を自撮りしてアップして、自己満足してるような奴だった。 


 ある日の事だった。


 前のパートナーのハンターが、今度は1頭のツキノワグマを仕留めようとポチを利用した。


 ポチは、ツキノワグマの『餌』として。首輪に付いたロープを木に縛り付けて逃げられないようにしたのだ。


 その時ポチは気付いた、このハンターに遂に『愛想つかれた』と。


 その後のポチの記憶が無い。


 気づけば、ポチは車の中で今のパートナーに抱かれていた。


 ポチはこのハンターが前の信頼も全く無く、ただポチを煙たがるハンターではなく、真逆でとても優しいハンターだと気付いた。


 ポチは、優しいハンターに助けられたのだ。


 ポチは、クンカクンカと一緒にパートナーが乗っている車の当たりの匂いを嗅いだ。


 酸っぱいゴムの匂い。


 座席の下に、すっかり萎んでゴムが劣化した風船が埃を被って転がっていた。


 何故、このハンターは風船を持っているのか解らなかったが、それからと言うものポチには風船のゴムの匂いは優しい自由の匂いと認識するようになった。


 

 ぷぅ~~~~~~~~~!!


 ぷう~~~~~~~~・・・「ばうっ?!」




 ポチはビックリした。


 ポチはボケーッと風船を膨らませて、目の前の風船が大きくなりすぎて、ネックの部分まで膨らみまるで洋梨のようになっていたことだ。



 ガチャッ。



 「ポチぃーーー!!留守番ご苦労様ぁ!!心配しちゃったから、ほら!ドッグフード買ってきたから元気出して汚名返上の訓練をしようじゃないか!!」



 ・・・ぎくっ・・・!!



 バッドタイミングだった。


 あのカイザーの割れた風船探しの為にガレージを滅茶苦茶にした上に荷物をぶちまけて出てきた萎んだ風船を口で膨らませて遊んでたことを御主人に見られてしまった。


 ぶぉっ!!


・・・シマッタ・・・!!



 ぷしゅ~~~~~~~!!ぶおおおおぉぉぉぉーーーーーーー!!しゅるしゅるしゅるしゅる!!



 思わずポチの口から放してしまった青い風船は空気を吹き口から吹き出してガレージ中を飛び回り、果てに御主人の顔にぶつかってそのまま萎みきって床下に落着した。


 「くうん・・・」


 ポチは、御主人にすり寄って甘えた鳴き声を発して必死に宥めようとした。


 「ポチぃ!!すげえよポチぃ!!」


 想定外の事が起きた。


 御主人は怒るどころか感嘆して、持ってた傘を放り投げてポチをギュッと抱き締めてきた。


 ・・・な・・・なっ・・・?


 「いつの間にか鍛えられたな!お前の肺活量!!これで水中での狩りも万全だ!!丁度、川面の外来種駆除にお前を扱えれば・・・と考えてたんだよ!!

 川に潜れるとくれば・・・ワクワクするぜ!!」


 御主人はそう言うと、ゴムが伸びた青い風船のポチの涎が滴る吹き口をポチの牙に宛がってきた。


 「むぎゅっ!!」


 ポチは御主人にくわえさせられた青い風船を頬をはらませて、また吐息を吹き込んだ。


 「やっぱりポチが膨らませてたんだ。この風船!!

 よし!俺も風船膨らますぞ!!どっちが先に割れるか競争だ!!」


 ・・・また俺、風船を膨らますの・・・?頬っぺたギンギン痛いんだけど・・・?


 

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