第5話
俺は遙 彼方。兄である。兄や姉という生き物はいついかなる時も弟妹の安全を1番に確保するよう本能づけられている、というのが俺の親友が中学生の時に書いた夏休みの自由研究だ。その時はこいつ馬鹿だ、と思っていたのだが。
案外正しい、のかもしれない。
俺が守るべき妹の教室は東階段を降りてすぐのところにある。赤いハゲのおかげで時間を少々ロスしてしまったが楓は無事だろうか。倒れるように教室へ駆け込むと、緑色のハゲが楓へ向かって棍棒を振り上げている光景が目に飛び込んで来た。何かを庇うように立ちはだかる楓の後ろには腰を抜かした生徒が床に座り込んでいる。あれでは避けられない。
状況を瞬時に把握した俺は走ってきた勢いを余すことなく足に乗せ、ハゲに蹴り込んだ。側面から予想外の衝撃を受けたハゲはバランスを崩してうつ伏せに倒れ込む。
「楓、無事か」
楓は一瞬呆気に取られながらもすぐに立ち直ってこちらの問いかけに答えた。
「うん、私は大丈夫。でもねお兄ちゃん、…お兄ちゃん?」
「悪いが話は後にしよう、まずはこいつを片付ける」
床に手をついて起き上がろうとする緑のハゲの腕を蹴り折り、支えをなくしてから頭を床に叩きつけて息の根を止める。
振り返ると教室内が何故だか静まり返っていた。
「…どうかしたのか?」
「ひっ」
怖がられている…なぜか…なぜか?
当たり前じゃないか。
目の前でヒトガタの生き物を殺した。暴力的に、なんの躊躇いもなく。
むしろ、何故俺はこうも平気でこいつらを殺せた?身体が動いた。考える前に、何も考えずに、身体が覚えているみたいに。まるで、今までもずっと…
そこまで考えた時、不意にナニカが教室内に現れた。
「はい、どうも神ですー」
現れたナニカ、神がそう言った瞬間には俺の放った蹴りが奴の目前に迫っていた。
神が姿を現してから俺がノータイムで放った蹴りは奴にかすりもしなかった。
避けられたのではない。手足で防がれたのでもない。鳩尾に入れようとした前蹴りは、奴に届く前に不可視の壁によって止められたのだ。
「口より先に足が出るとはご挨拶ですね。ああ、腕を潰してから足技ばかり使っていた前回の影響がまだ残っているのですかね?なんて、ふふ」
超常の力を持ってして事もなげに攻撃を防いだ神は、形容し難いナニカだった。若くもなく、老いても見えず、男か女かもわからない。ただ、言いようのない嫌悪感だけを覚える。それに、今の言葉。
「前回、とはどういう意味だ」
こいつに中断された先程の思考。
まるで、今までずっとこうして戦ってきたかのような身体の反応。
「あら、口が滑ってしまいましたね。まあ、大方あなたが考えている事であっていると思いますよ?」
それはつまり。
「これが初めてじゃない、そういうことか」
「ええ、軽く10回は繰り返しましたかね。もちろん、元に戻して差し上げましたよ?」
放送で神が言っていた。1ヶ月生き延びれば、元に戻る。そういう意味だったのか。
なるほど嘘は言っていない。解釈を少し違えているだけ。
「まあ、貴方には知られようが関係ありません。そもそも貴方は特殊ケースですし、最初から大人しくしてもらう予定でしたから」
嫌な予感がした。
「逆に言えば貴方以外の彼らは知られたからには退場してもらいます」
神がそう言うと、教室内の生徒は俺と楓を残して見えない何かに押し潰されたように歪み、後には塵も残らず消え去った。
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