VS.スナネコちゃん

かけきたき

VS.スナネコちゃん




 輝くようなスナネコの視線にあてられて、ツチノコはまた動けなくなった。

 はじまりは、ツチノコがいつも通り地下迷宮を探索していたときのこと。スナネコの行動としては極めていつも通り、突然のできごとだった。


(の)


「ツチノコ、ちょっといいですか?」

「スナネコ? なんな、ん――」

 呼ばれて振り向いたツチノコは、その言葉を言い切ることができなかった。なにかやわらかいもので口をふさがれたからだ。

 しかしそれ以上に彼女を驚かせたのは、目と目がくっつきそうなほど近くにスナネコの瞳があったこと。それでツチノコは尻尾の先までかたまってしまった。あんまり近くで見つめられるのは、どうしても苦手なのだ。

 しばらくかたまっていると、ふっと頬をくすぐられるような感触がして、スナネコの顔が離れた。

「おお」

 とスナネコは感嘆したような声をあげた。それから視線を宙にさまよわせ、

「……まあ、いいか」

 と呟いて、まだかたまっているツチノコをおいて歩き出した。しかし数歩進んだところで立ち止まり、振り返って言った。

「あ、ツチノコ、ありがとうございました。また来ます」

 スナネコは今度こそ姿を消した。

 ツチノコの緊張が解け、なにをされたのか彼女が理解するまで、それからもう少しだけ時間がかかった。


(の)


「ツチノコ、こんにちは。……どうかしましたか?」

「いや……」

 翌日、スナネコは日が沈んですぐ地下迷宮にやってきた。ツチノコは思わず身構えたが、スナネコがあまりにいつも通りなので、そこからどうしたらいいのかわからなくなった。

「お腹でも空いてるんですか? ジャパリまん持ってきたから、一緒に食べましょ」

 スナネコは迷宮にころがっているがらくたの一つに腰かけた。ジャパリまん片手にがらくたの砂を軽く払って、

「ほら、どうぞ」

 とツチノコを見る。ツチノコはなぜか逆らえず、ぎくしゃくとその隣に座った。

 ツチノコとスナネコは静かにジャパリまんを食べた。ツチノコはすぐ横で無心に食べているスナネコを意識してしまい、何もしゃべれなかった。

 ちびちびとジャパリまんをかじっているうちに、ツチノコはだんだん胸が苦しくなってきた。隣に座るスナネコのかたちが驚くほどかわいらしいことに、気づいてしまったからだ。


(の)


 ツチノコにとって不幸だったのは、彼女が博識だったことだ。

 彼女は、フレンズとは動物が「ヒト」化した姿であることを知っていた。そして「ヒト」について、ツチノコはフレンズでも屈指の知識を持っていた。

 それがツチノコの想像を際限なくふくらませた。

 ツチノコの知る限り、「ヒト」はあれを「つがい」の相手としていたのだ。


(の)


 ジャパリまんを半分食べたところで、ツチノコは覚悟を決めた。

 スナネコに、昨日の行動の意図を問いただそう。自分が知らないだけで、スナネコという種にとっては普通のことなのかもしれない。わからないから想像してしまうのだ。

 ツチノコはうわずった声で呼びかけた。

「おい、スナネコ」

「ふぁい?」

「ァ、えっと……」

 ジャパリまんをほおばったまま振り向くスナネコの顔がまぶしくて、ツチノコは息を詰まらせた。

「ツチノコ、どうしたんですか? 今日はほんとに変ですよ」

「ァ、イヤ……だ、いじょうぶだ。なんでもない」

「ふーん」

 それで興味を失ったのか、スナネコは再びジャパリまんにとりかかった。ツチノコはあわてて引き止める。スナネコを直視しないように、手元のジャパリまんに視線を落としていった。

「あっ、まて、スナネコ、ちょっと訊きたいんだが……」

「なんです? ……あ」

「ヒッ、ぃぇええええ!?」

 突然やわらかい指に顎をつかまれてツチノコは悲鳴をあげた。そのまま無理やりにスナネコのほうを向かされる。間近で見つめて、見つめられて、ツチノコはくらくらした。スナネコの瞳はさばくの太陽より強くツチノコを灼いた。

「すにゃっ、すなねこぉ!」

「はい?」

「なんなんだ、これ……」

「あー」

 ツチノコは必死に言葉を絞りだし、スナネコは曖昧な返事をする。それから少しだけ見つめあって、スナネコがぽつりと言った。

「ツチノコ、きれいだから」

「へっ?」

 スナネコはツチノコをつかまえたまま顔を近づけ――耐え切れなくなったツチノコはぎゅっと目を瞑った。それでも、ツチノコの感覚器官はスナネコをとらえてしまう。スナネコの発する熱が、においが、その動きを正確に伝えた。

 スナネコの吐息が頬にあたって、やさしくくすぐられるように感じた。

「す、な――」

「でも、さわぐほどのことでもないか」

「……え?」

「満足です」

「ええ?」

 スナネコはすっと立ち上がり、ジャパリまんの最後の一口を頬張った。それをよく噛んでから飲み込んで、

「じゃあ、今日はこれで」

 と言って歩き出した。

 少し遅れて、ツチノコの奇声が迷宮に響いた。


(の)


「まっ、待て待て待てっ! スナネコ!」

「うわ。なんですか、急に」

「お、おまえっ、さっきのはなんなんだよ! それに、昨日のあれも!!」

「だから言ったじゃないですか。ツチノコがきれいだから気になって」

「きっ、き、ぃ、うへ、へ……」

「ど、どうしたんですか……?」

「ハっ、う、うううるせえ、なんでもねぇよ! それより! 昨日のやつはどういう意味だったんだよ! そっちも答えろ!」

「昨日の?」

「だぁから、あれだよ! あの、キ、いや、その……」

「はぁ」

「えっと、キ、キ……」

「あの、ボクもう帰っていいですか?」

「アアアアア待て帰るな! だから、キ、キスだよ! キス! ……あああああそうかキスっていうのはだな、ヒトがつがいの相手とくちびるを重ねて――」

「つがい?」

「いやっ、ちが、つがいじゃない! けど、しただろ! スナネコ! ……ああちがうしてないのか、知らなかったんだもんな! そういう意味じゃないんだよな、やっぱりオレの勘違いだったのか!」

「え? えっと、どういう……?」

「ウアアアアアもうなんでもないんだ、忘れろ! お前忘れるのは得意だろ!!」

「はぁ」

「じゃあ、オレはもう帰る!!」

 ツチノコは逃げ出した。


(の)


「ゥワアアアアアア!?」

 しかし逃げ切れなかった。背後から飛びついたスナネコに押し倒された。

「ぬ、なにすんだぁ!?」

「ツチノコがおもしろくって、つい」

 そのぼんやりした声からにじみ出る熱に、ツチノコは息をのんだ。スナネコはただただ楽しんでいた。この熱が冷めるまでスナネコが決して止まらないことを、ツチノコは知っていた。

「ふんふふーん」

 陽気な鼻歌とともに、ツチノコは身体を転がされる。仰向けにされたツチノコのお腹にスナネコがやさしく座りなおす。スナネコはゆっくりと近づいてゆく。

「えっと、キス? ていうんでしたっけ。昨日はツチノコをよく見ようとしてぶつかっちゃっただけなんですけど、こんなオモシロにつながるとは」

 ツチノコは顔をそむけようとするが、スナネコの手がそれを許さない。

「や、まて、やめろ、スナネコ……」

「いやです」

 スナネコはますます瞳を輝かせ、ツチノコの懇願を一蹴して言った。

「だって、ほんとうにいやだったら、ツチノコなら逃げ出せてたでしょう?」

 こうして、ツチノコとスナネコは二度目のキスを終えた。


(の)


 それ以来、スナネコはときどきツチノコをじっと見つめる。その度にツチノコは動けなくなる。

 三度目のキスが先か、熱が冷めきるのが先か、ツチノコにはわからなかった。そのどっちがいいのかすら、もうわからなくなっていた。

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