第8話 死者ノ慟哭

 一瞬の静寂の後に、天井から声が届く。

「サァ、続イテノ死者ヲ告ゲヨウ」

 死の宣告を受け、恐怖に怯える堀が声を上げている。だが、誰もそれを気にすることも無く天井の声を待つ。

「カップル不成立ニヨリ川崎進、坂本龍ニ死ヲ与エル」

 天井から死の宣告が轟くと同時に電気が消えた。先ほど全く同じ。そしてこの場から選ばれし者が消える。

「ハッハッ! 僕は導いてやったのだ! お前達2人を死へとなッ! 僕自身が死ぬのは予想外だが……、この際一緒に死のうじゃないかッ!!」

 しかし──今回は違った。堀の絶叫が響き、続いて坂本龍の怒号が轟く。

「ざけんなよッ!! テメェ俺らを嵌めたのかッ!!」

「騙される方が悪いんだよっ!」

 負けじと堀が返す。

「ぶっ殺してやるッ!!」

 川崎進の殺気のこもった声が部屋中に木霊した。

 一瞬の静寂が訪れるも、それは天井の声により破られる。

「フザケルナッ!」

 キーンっという音が鳴る。あまりに大きな声に機械が反応しきれなかったのだろう。

「お前……マダ罪を重ねルのかッ!?」

 先ほどの大声のせいで機械が故障したのだろうか。ところどころには機械声が入るものの、機械ではない自声がこぼれ始めた。

 男性の高い声とも取れるし、女性の低い声とも取れる何とも曖昧なものである。

「何が言いたい……?」

 怒りをぐっと抑えた、そんな声で訊く。 「今年ノ4月14日。覚えガナイトは言わなイヨな?」

 刹那、分かりやすく川崎の表情が崩れる。

「新入生歓迎会で……」

「あれは事故だ!」

「違ウッ!」

「違わねぇーよ!」

 必死の表情で訴える川崎に、天井の声は容赦なく続けた。

「確カ花見だったヨナ? 夜桜ハ綺麗ダガ、酒をノム人も増エルだろう。そこでお前ガその日ニ初めてアッタ新マネージャーに、惚れタンダ」

「やめろッ!!」

 川崎は声が続く限りで喚く。

「でも、ソノコは振り向イテくれナイ。酒モハイリ、テンションの上がッタお前は、ソノコヲ連レテ、暗闇へ行き、そこで──犯した」

 川崎は最後の一言は聞くものかと、耳を塞ぐ。

「違う……違う……」

 そして小さな声でそう零す。

「違ワナイ。ソノコ今どうなっタカ知ってるノカ?」

 天井の声からの質問に川崎は、小さく頭を振る。

「人間恐怖症デ引きこモリだヨ」

 川崎は大きく息を吸いこみ、その場で身体を硬直させた。

 人間である限り、その欲求は仕方がないことである。だが、それを無理矢理するからいけないのだ。

 川崎にもそれは分かっていた。しかし、それを抑えられなかった。

「俺だって……レイプなんてしたく無かったよ……。でも、あいつは俺よりゴリラみたいな顔した先輩のがいいって言いやがったんだ」

「それだけ?」

 暗闇に目が慣れてきて、朧気おぼろげな姿で各々を捉えられるようになった。

「んだよ」

 背後から声をかけられた川崎は、腫らした目を向ける。

 そこに立つのは現役モデルの木下歩だった。

「それだけって聞いてるの」

「それで腹が立って──」

 パチンっ!!

 乾いた音が大きく響いた。川崎は目を見開き、歩に叩かれた頬を抑える。

「アンタ自分のしたこと分かってるの!? 動物以下だよ? その子がどんな子かは私は知らない。だけど、私でもアンタのことは好きにならないわ」

 蔑むような瞳で見つめ、歩は言い放った。

「俺は何モシテない。そう言いたイノカ?」

 絶望の淵に立たされ、ぺたりと地面に座り込んだままの川崎から標的を変え、天井の声は告げる。


「は、はは……。それは俺のことか?」

 乾いた笑みを浮かべるスーツ姿でひょろっとしたシルエットの男──坂本龍が言う。

「ソノ通リダよ」

「もしかしてアレのことを言いたいのか?」

 悪びれた様子もなく、淡々と語る坂本龍。

「アレトハ?」

「三年前。俺がやった横領だよ。金額は1500万円。あってるだろ?」

 得意げに話すその様子は、とても腹立たしく関係の無いものでも怒りを覚えるほどだ。

「ソウダ。お前ハそれでドウシタ?」

「部下に責任を擦りつけて、俺は会社に残った。しかも、横領の犯人を見つけたということで、昇格もさせてもらったよ」

 坂本は高笑いをする。

「アンタそれ何言ってんのか分かってんのかよ!?」

 遠くより見守っていた和泉が、怒りからか声を震わせながら訊く。

「あぁ、もちろんだとも。下は上の駒になる。当たり前の定石セオリーだ」

「テメェッ!」

 右手に拳を作り、駆け出そうとする和泉の手を早川リホがとめた。

「行っちゃダメ。ここで暴力を振れば、それこそ終わり」

 静かなる声が、しかし和泉にはしっかりと届いた。

「す、すまん」

 少し頭を下げ、謝罪すると和泉は作った拳をゆっくりと解く。

「なんだ、来ねぇーのか。所詮は腰抜けか」

「ソウイウ態度が気にイラナイ」

 怒りの込められた声が降る。だが、それを気にした様子もなく坂本龍は続けた。

「知らねぇーな。俺は俺のやりたいようにやるだけだから」

 瞬間、天井から舌打ちのようなものが聞こえた。同時に、暗闇の部屋に強烈な閃光が走った。

 暗闇に慣れすぎていたせいか、視界がホワイトアウトしてしまった。

 誰もが視界を奪われ、混乱しているその時──

「やめッ!」

 高い男の声が響いた。しかし、それは一瞬で聞き間違いかと思うほどであった。


 視界が戻ったのは、およそ4秒後だった。

「な、何だったんだ……」

 斎藤は目を擦りながら零す。

 ──身体に異常は見られない。じゃあ一体……

「いない……」

 そう考えた時、誰かの掠れた声が響いた。

 その声で皆は一様に辺りを見渡した。

「本当だ。堀と川崎と坂本がいない」

 放送ディレクターの井森おさむが目を丸くして言う。

「嘘……。じゃあ……死んだの?」

 歩が恐る恐る訊く。

「わ、分からねぇよ。でも、その可能性は高いだろう」

 自称作家の桜田が震える手を抑えながら呟く。

「っ、答エヲ教えヨウカ?」

 唾を飲む音がしてから、天井の声が発される。その声もまたどこか、荒れているように感じられる。

「殺したんだろ?」

 和泉が声を潜めて投げかける。だが、すぐには答えは返ってこず、少しの間を置いてから笑い声が上がる。

「ソノ通りダ。全クシブトイ連中だっタ。殺すノニ時間ガ掛かっタワ」

 楽しげに告げる声で続ける。

「映像デモ見セタ方がイイカ?」

 それはつまり、死体を見せるという事だ。日本の報道機関でそれを映すことは無い。

「見タクハ無いカ? 日本ハ……アマイな」

 天井の声はため息の様なものを付く。何をもって甘いと言っているのか。それは誰にも分からない。だが、死体の映像を見せるつもりは無くなったらしい。


「マァ、ヨイ。折角ココマデ生キ残レたンダ。食事トイコウカ」

 それから少し間を開けてから、天井の声はそう告げた。

 まるで寝起きの子どもに言い聞かすように、慣れた口調で言う。

 呆気に取られ、誰もが口を開けずいると天井の声はさらに加えた。

「最後ノ晩餐ダ」

 瞬間──機械の駆動音がし、先ほど投票ゲームの際に投票箱が出現したその床がゆっくりと沈む。その場にずっと佇んでいた投票箱はどんどんと背を低くし、床の中に消えた。そして続けざまに機械の駆動音が鳴る。

 沈んだ床がまた戻ってきたのだ。今度は、大量の菓子パンやおにぎりを乗せて──。


「な、なんだこれ……」

「コンビニのばっかりじゃん」

 現れた食事のそれに、皆は次々に文句を告げる。

「毒とか……入ってないよね?」

 顔を強ばらせ、森下は恐る恐るといった感じでそれらの一つを手に取った。

 手にしたそれはメロンパンだった。

 まじまじと、あらゆる側面からメロンパンを見るも封を開けられた様子もなく、どこかに穴があるようにも見えない。

毒ナンテ仕込ンで無い」

「今は……じゃと?」

 最年長の上村が白い腹巻に手を当てながら、渋い顔で呟く。

「ワタシハ、何ヨ仕込んデ無イ。そうイウコトダ」

 途中途中で機械声ではなくなるものの、天井の声は降り続く。


 4人という犠牲者が出たにも関わらず、まだ犯人の手がかりなど微塵も掴めて無かった。

 残された16人は、互いに顔を見合わせてから床に広がる食料に手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る