第7話 選バレシ死者

 天上に煌めく満月。おれはいつもより少し遅い時間に、いつもと違う大きなアディドスのリュックサックを背負い、歩道橋を歩いていた。

「綺麗な満月だ。いい花見ができそうだ」

 東から西へと歩みを取る。

 今日は4月14日。おれが大学で所属しているサッカー部の新入部員歓迎会として催されている花見が開催される日だ。

 本当はちょっとめんどくさいとも思っている。だけど……

「行かねぇわけにはいかねぇーよな」

 先輩に直々に「今日来いよ」なんて言われてしまったからな。

 歩道橋を駆け抜ける車の数々に目を落としながら、おれはポツリと思う。

 なんか最近、楽しくないな。日常が作業のようだ……。

 はぁー。今日何度目か分からないため息をこぼす。

 近くの歩行者用の信号が、青に変わったらしい。ピッポピッポ、と音が響いている。

 おれはもう1度ため息を零してから、歩道橋を降る階段に足をかける。


「おぉ、遅いぞー!」

 と、そこで下の方から掛けられた。坊主頭で、厳つい顔立ち。その人こそおれの先輩だ。

「すいません」

 おれは先輩に声が聞こえるように、大きな声で言い、階段をかけ降りる。

 何なんだよ、いちいち迎えに来るなよ。

 と思いつつも、笑顔で応えおれはそのまま先輩と花見会場へと向かった。


***


「サァ、時間ハ終ワリヲ告ゲタ。結果発表トイコウジャナイカ」

 軽快な、この死を告げるための真っ白の部屋には似合わない音とともに、機械的な声が天井より降り注いだ。

 部屋中の19人全員の体が、一気に強ばる。

 和泉はギリギリというラインで、早川リホとカップルを成立させることができたために、どこか安心感のある表情だ。

「死ぬのはやだけど……、この緊張感は凄いよね」

 現役モデルの木下歩が、告げる。

「縁起でもねえーこと言うよな」

 それに対して、口調を荒らげて大学生の橘が言う。しかし、歩は気にした様子もなく天井を見上げる。


「今回作ラレタグループハ、全部デ8ツダ」

 全部で19人いるので、最高でグループは9つできるはず。だが、女子を基準に考えるならば、今度はできる数は7つになる。

 なら8つとは、どういうことなのだ。

 誰しもがそう考えた時、1人の男が高笑いを始めた。

「バッカだなー、テメェーら。よく考えてみろ。誰が1人一つのカップルしか成立させちゃいけねぇーって言ったんだ?」

 アニメキャラがプリントされた筋骨隆々の男──堀が告げた。

 血走った目で、全ての人間を蔑むかのような瞳を浮かべている。

「な、何を言って……」

 斎藤はそんな堀に喘ぐように言う。だが、止まらない。

「このゲーム。最初から僕の勝ちだって決まってたんだよ!」

 両の目を見開き、自信満々に告げた。その瞬間──

「敗北者ハ合計3人イル。1人目ハ、堀一ホリ-イチダ」

 途端に空間が静寂に包まれる。喜びにふけていた堀は、壊れたロボットのようにギシギシと動き、天井を見る。そして、吐息混じりに、

「ウソ……だろ?」

 と零す。

 だが、嘘なわけが無い。例えそれが嘘だとしても、いまこの場に限っては真実になる。天井の声が告げたそれが、絶対なのだから。

「嘘ハ嫌イダ」

 機械越しにも関わらず、そこには感情が見えた。怒りと憎しみとが混ざりあった、そんな負の感情が……。

「嘘に決まってる!」

 死の宣告をされた堀は、血走った目から涙を零しながら、甲高い声で反論する。

「嘘ナワケガナイ!」

 機械の声が荒くなる。なぜだかは分からない。だが、相当に嘘が嫌いらしい。

「嘘に決まってる! 僕は、ちゃんと3人の女子と手を繋いでカップルを成立させたんだ!」

「アンタ、馬鹿なの?」

 そこで飛んできたのは、若くはあるがドスの効いた女性の声だ。

 スキンヘッドの厳つい見た目の堀が、睨みを利かしそちらを見る。

「森下……貴様ッ!」

 堀の視線の先。そこにいるのは、胸元のザックリと開いた赤の衣装を纏う森下茅依もりした-ちいが仁王立ちしていた。

 胸を突き出して立っているため、ただでさえ大きなたわわがかなり強調される。

「アンタ、どうせ男がいろんな女と組めば有利になれるなんて考えてたんでしょうが、甘いわ」

「……」

 実際にそう考えていた堀は、押し黙る。 「逆にそれは自らのピンチをいざなってたの。わかる?」

 ──分からない。

 それが堀の答えだ。表情からそれを読み取ったのだろう。森下は、不敵な笑みを浮かべる。

「どれか一つでも自分がカップルに加わる最後の1人となれば、死ぬのよ。あなたはそのピンチを自ら増やしてたってこと」

 堀は完全に面を喰らっている。そして、ハッとした表情を浮かべた。

 言うならば、将棋で攻めを意識しすぎた故にあっさり負けてしまう。そんなものだろう。

「それで……。お前が?」

 こくん、と森下は頷く。

「アンタの思惑が分かったからね。だから、和泉さんには悪いとは思ったけど、あの時手を繋がなかったの。アンタを最後にしとくにはそうするしか無かったから。

 和泉さん、ごめんね」

 森下は顔を和泉の方に向けて、頭を下げた。

 和泉は、ギリギリとは言え早川リホとカップルを成立させることができた為に怒ることもなく、頷いた。


「さぁ、これでアナタは死ぬのよ。仲間を陥れてまで生にしがみつこうとした、運命よ」

 堀はその場に崩れ落ちた。


「ミンナ。モウ話ハ終ワッタ? アト死スベキ人ハ──」

 機械的な声はここで言葉を止め、恐怖を煽る。その恐怖からか、誰かが唾を呑む音がした。

 1人じゃない。それが告げられたからだ。

「2人イルヨ」

 刹那、空間が凍ったようになった。


 ──あと2人も!? 自分じゃないよね?


 誰もがそう思い、天に願った。

 自分が選ばれて、死なないことを。

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