第6話 死ノ旋律
時間──。それはこの世で唯一皆に平等に与えられたモノ。
お金、地位、容姿等は、生まれた時やその後の頑張りで与えられるもの。ただ、頑張っても与えられない者だっている。
だが、時間は別だ。1日1日、24時間という確実なる時間を与えられ生活している。
そして、この
ペアを作れるにしよ、作れないにせよ、与えられた時間は同じ。
その限られた時間の中でも人間は二つに分けられる。
──ペアを作れる者と作れない者
「頼むっ、時間がないんだっ!」
和泉は必死の形相で、次から次へと女を乗り換え同じセリフを吐く。
だが、それはことごとく断られていく。
死を選択したくない。それは皆にとって同じことだから。
「残リ時間21分」
だが、時間は待ってくれない。刻一刻と進む時間に押しつぶされるかのように、和泉は絶叫した。
大の大人がみっともなく大粒の涙をこぼし、鼻水を垂らし近づく死を拒むように泣く。
「ウワァァァァァァ」
他のメンバーはほとんどペアを成立させたのだろう。
その光景を遠くから、惨めだと言わんばかりの視線をぶつけている。
和泉にとって、そんなものはどうでも良かった。ただこの自分に迫る圧倒的恐怖に勝るものは無いのだから。
「……和泉……さん」
か細く注意していなかったら聞き逃してしまいそうな、そんな声が和泉の耳に届いた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。
茶色のきめが細やかな髪を持つ大人らしい雰囲気を持つ女性がいた。
整った顔立ちを引き締めるスーツ姿からOLなのだろうと推測はできる。
「あなたは……」
ぐちゃぐちゃの顔、鼻声、どうとっても気色の悪いコンボのまま和泉は、吐息のような声で訊く。
「あたしは早川リホ」
「あぁ」
20人。それは一気に覚えるにはあまりに多すぎる人数である。
見たことはある。でも、名前までは覚えきれてない。
和泉にとってはそんな存在であった早川リホは、蔑むのでもなく、哀れむのでもなく、真摯な瞳を向けて言葉を放つ。
「あたし。まだペア組んでないの。信じたかったから──みんなペアを作らないって。でも、やっぱりそれは夢物語だったみたい」
早川リホはそこで言葉を止める。そして、据わった瞳で和泉をのぞき込み、何かを確かめる。
──何をやっているのだろう。
和泉はそう思った。そして同時に、気恥ずかしくもなった。
自分には妻がいるし、子どもも出来ようとしている。
浮気をしたことも無ければ、しようと思ったことすらない。
だからこんな至近距離で女性と向き合うことなど無かったのだ。
「うん。やっぱり。あたしとペアを組んでください」
何がやっぱりなのかは分からない。だが、和泉はその言葉がこの上なく有難かった。 「……いいのか?」
早川リホは、ニッコリと微笑み大きく頷く。
和泉は現在流れている涙とはまた別の涙──嬉し涙がこみ上げて来るのを感じながら、早川リホから伸ばされた手に触れる。
柔らかくて温度を持った手。ガシッ。
マンガとかならば、そのような文字が入っていただろう。むせび泣く和泉は、今まで告げた中で一番気持ちの入ったそれを言う。
「ありがとう」
と。
「残リ時間12分」
和泉と早川リホとのペア成立より少し経ってから天井より声が轟く。
「モウ皆カップル作ッタカナ? ソレトモ、皆ガ死ナナイ道ヲ選ンデル所カナ?」
誰もが時間を告げるだけだと思ってたそれが、続きを話す。
それは違和感を覚えさせ、同時に恐怖というものを身体中に染み込ませる。
「ソレハドッチデモイイトシテ、後12分モコノママハ退屈ダ。音楽デモ流ソウ」
言うか言わないかで、天井より誰もが聞いたことのあるメロディーが流れる。
ある意味この状況にピッタリあった曲だろうと言える。
ベートーヴェンの交響曲五番──運命──だ。
ピアノの低音が床に響き、部屋自体が震えている。そんな気になる。
耳をつんざく程のボリュームではない。だが、それでも誰も口を開こうとしなかった。
各々が二、三人で固まってただ永遠に終わらないでもあるかのような運命の終わりを待つ。
さながら、それは死への旋律だ。
「クフフ。残リ時間2分ダヨ」
奇妙な笑いと共に、カップラーメンさえ完成しない残り時間を告げる。
「神にでもなったつもりかよ……。悪魔め」
がっしりした体型ではあるが、だが決して体に丸みがあるわけではない。締まった体で、浅黒い肌色。ジャージで全身コーディネートを決めた川崎進が、視線だけを天井に向けて、ポツリと零す。
自身は安全な高みより見物し、人々の恐怖を煽る。神でもこんなにタチの悪いことはしない。
しかし、川崎の呟きは流れる運命にかき消される。
そして、運命は終局を迎える。
より一層の激しさを見せ、ラストスパートを一気に駆け抜ける。
「オレは……死なない」
呪文であるかのように、その言葉を繰り返しながら和泉は涙の跡が残る顔を上げる。
「うん。和泉さんは死なない。そして、あたしも」
隣に立つ早川リホが優しさで蕩けてしまいそうな声音で、和泉に話しかける。
「あ……あぁ」
止まったはずの涙が──また零れそうになる。
──優しさって本当に凄いんだな。
和泉はそんなことを考えながら、溢れ出し目尻に貯まった涙を手の甲で拭い去る。
「終了ダヨ」
そして。ついにその時は来た。死を宣告するには、あまりにも軽すぎる機械的な声が天井より降り注いだ。
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