第十八巻 かなり計算外デス!? 小雨さんサイド

ボロボロになった船長室へと戻ってくると、滝の姿はそこにはなかった。

それに関しては特に心配はしていなかったが、部屋の中を見て小雨は息を詰まらせる。


「……石神井の死体がない!」

「死んだフリをしていた双子人魚がいないんデス」


シリウスの訂正に反応せず、部屋の中を捜索する。

間違いなく本棚には人型の何かがへばり付いていた跡があったが、肝心のその何かがどこにもない。


どころか、その何かが自分の意思で動き出し、どこかへと向かった形跡が見つかるばかりだ。


先ほどの小雨の推理では双子人魚の擬態が解けるタイミングは『操っている人物が死亡したときだ』としていたが、それも所詮は予測。それ以外のトリガーがある可能性は充分に考慮できたはずだった。


それにも関わらず、本物の石神井の対応にかまけて、動力炉を逃がしてしまったのは痛恨のミス以外の何物でもない。


「まずい! 早く滝と合流して、アイツを破壊しないと……! パスはもう全部使い切ってるしな。滝の力がないと――!」


ズガン、という音が響いた。そして大きく揺れる船内。

小雨は揺れに耐え切れず、膝をつく。


「……なんだ!?」

「ん? んん? あれ。何この揺れ。こんなギミック入れてないけどな?」


もう一度、ズガンという音が響く。またも大きく揺れる船内。

シリウスは目を白黒させていた。本当にまったく心当たりが無いからだ。この船の中に、こんな大きな揺れと音を響かせる機構やギミックは一切存在しない。


あの世に向かって航行中という設定こそあれど、それ以前に沈没船なのだ。揺れるわけがない。

地震という要素も入れていないし、何よりこんな力を持ったNPCもこのゲームに存在しない。


――いや。今から考えると、やっぱりあの狼おかしいよなァ。


心あたりの無いNPCと言えば、やっぱりあの狼だ。

一体どこから湧いて出てきたのか。今から改めて考えてみるに、あれはシリウスの趣味ではない。作るわけもないし、ゲームに組み込むはずもない。


――そういえば、だけど。おかしいことがもう一つ。最後の参加者、部色べいろさんの姿が見えない。どこかで死んだにしても死体や血痕とかの痕跡が一切ないし。


段々と不安になってきた。もしかしたらシリウスは、またしてもゲーム内で大ポカをやらかしたのではないかと。


ゲームマスターがミスをすること自体は問題はない。結局のところ、大事なのは視聴者がどう思うか。ひいては、このゲームが面白いかどうかだ。

面白ければ万事良し。不具合の利用もゲームの内だ。


視聴者からの苦情が来ない限りは、あるいは苦情の量が好評よりも上回らない限りはシリウスは何をしても構わない。


だけど視聴者から『ミスの多いゲームマスター』として記憶されるのは、できれば避けたい。それはあまりにも恥ずかしすぎる。


「うーん……どうしよう。小雨さん、ちょっと気になるんデスけど……これ調査の必要があるかも」

「何から何まで謎だらけだ。どれのこと言ってるのかよくわからない」

「具体的にどれか一つを挙げるなら……どれにしようかなー?」


うーん、とシリウスは小雨の頭の上で唸る。


「……ん?」


そのときだった。パスに電子音が鳴る。

床に膝をついたまま、小雨はそれを取り出した。


「……なん、だって?」


既にすっかり音は止んでおり、世界は静寂に支配された。

いや、もしかしたら音はまだ鳴っていたのかもしれないが、今の小雨には聞こえないだろう。


シリウスも、パスに表示された画面を見て目を見開き、掠れた声を出している。


「……な……誰が……いや、なんで……どうしてデス!?」


画面にはこう表示されていた。


タイムカウントもストップしている。

小雨にも、シリウスにもわからない内に、このゲームは終了した。


「……滝はどこだ?」

「えっ」

「アイツ、本当に休んでたのか?」

「あっ」


心当たりは一つしかない。

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