interlude 役割:フィクサー
「うん。やっぱり淹れ立てが一番美味しいなぁ。晃ちゃんのお茶は相変わらずさ!」
「……もう店はとっくに閉まってる。さっさと帰れよ」
「やっだー。素っ気なーい」
邪険に扱われているが、アポロは晃に対して親し気な笑みを忘れずに向けている。晃本人も、相手がこの程度の嫌味で離れるような柔い人間ではないことは理解していた。
テーブルの掃除も一段落したので、掃除道具を片付け、深いため息を吐きながらアポロに目をやる。
高校二年生の晃と比べると一回り小さい童女がいた。髪型はツインテール。服装は私立魔流田女学院の制服。腕には生徒会長と書かれた腕章。
顔立ちから体つき、挙動言動表情何から何まで全部幼いが、間違いなく晃と同い年の幼馴染、耶麻音アポロの姿がそこにあった。
目を離している隙に消えてくれればいいなと思っていたのだが。
「掃除の邪魔だから本当帰れよ……」
「あれ? 私に消えて欲しい理由はそれだけ?」
「……他に何かあるのか?」
「そうだなー。山形くんなら『お前のことが嫌いだからだよ!』とか悲鳴混じりに言ってただろうねー」
「別に嫌いだから消えろって言ってるわけじゃなくって、本当に掃除の邪魔だからなんだけど……」
「晃ちゃん大好き! ベロベロチューしてあげようか!?」
「心にもないことを白々と……」
「あ、私とじゃイヤ? デリ呼ぶ? ちょうどいいのがいるよ。二十歳ってことにしてるけど、つい最近ハメた元女子高生だから安心していいよ。年下好きの晃ちゃんより年下だから」
「相っ変わらずあくどい商売してるな! 絶対ロクな死に方しないぞ!」
アポロがスマフォを上機嫌に弄る様を見た晃は、すぐに駆け付けてそれを強奪した。『別に年下好きだと自称した覚えはない』と怒鳴りつけてやろうかと思った矢先だったのだが、頭から吹き飛ぶ。
スマフォを取り上げられたアポロは、大袈裟に悲しそうな顔を作って見せた。
「ああー。携帯依存症の私になんてことをー。死ぬー」
「死ぬかッ! ああ、もう! 魔流田の生徒会長になってから余計に悪化したな!」
「ん? あれ? 前の私に可愛げがあったとは自覚してないんだけど?」
「……そうだな。うん。前から大概だったけどさ……中学生までは大体僕らが阻止してたような悪だくみが高校生になってから全部成功してるじゃないか。だから悪性はそのままでも悪化はしてるよ。間違いなく」
晃の心配そうな声色に、おどけていたアポロは急に真顔になった。次に、鼻白んだような笑いを漏らす。
「クク。そうだねぇ。いや、どれだけ悪いヤツらがいるかと思って魔流田に入学したんだけど。大失敗だよ! どいつもこいつも晃ちゃんはおろか、山形くんのレベルにすら達していないんだもの! 選挙公約に『もし私が当選したらお前ら全員
「お前が生徒会長なんて本当に世も末だ。魔流田のヤツらが可哀想だなぁ……」
「同情する必要ないよ。悪だくみのレベルが私の百分の一未満ってだけで悪性そのものは私と同値なんだしさ」
魔流田女学院の中は、できれば想像もしたくない様相を呈しているようだ。
アポロが晃の友達でさえなければ、一生関わりたくもないのだが。
「……で。アポロ。本当に今、何をしてる?」
「お茶啜って、お茶を濁してる」
「じゃなくてさ。お前、僕がシリウスの情報を流してからどこかに電話してただろ?」
「山形くんが帰ってきたらネタ晴らしするよ。きっと綺麗だよ?」
嫌な予感を通り越して、絶対に悪だくみをしているという確信に至る。小学生からの付き合い故に、彼女の行動パターンは誰よりも知っていた。
「あ。そうだ。一応確認しておきたいんだけどさ。私、今まで殺人だけは犯したことないよ。流石にそんなことしたら晃ちゃんに絶縁されるだろうし?」
「……そうだな」
実のところ、仮にそこまでアポロが堕ち切っても絶縁できるかどうか晃には不安だったが、そこは無視する。
アポロは深い笑みを浮かべ、ドロドロに濁った眼で晃を睥睨する。
「あの木偶人形、人間だとカウントしなくってもいいよね?」
久しぶりに、心底アポロの言動に背筋が冷えた。
「……アポロ、お前、まさか」
「ねえ。答えて? そもそも、アイツを『殺す』って表現すべき? 『壊す』って言うべきじゃないの?」
「待て。よく考えろ! そんなことすべきじゃない!」
「……うーん、晃ちゃんは優しいなー。やっぱり確認すべきじゃなかったかな?」
アポロは予想通りの反応にケラケラ笑う。やはり、晃は反対するだろうと思っていた。
だが一つだけ見込み違いがあった。晃は何もシリウスを庇うために反対したわけではない。
「流石に人外を相手にしたら、お前も無事じゃ済まないぞ!」
「……お?」
「というか、なんで急にそんな発想が出てきた? アイツがアポロに何したって言うんだよ」
「……おお?」
まさか真っ先に自分の身の安全を心配されるとは思ってなかったので、アポロはしばらく思考が固まる。
だが、晃に不審に思われる前に立て直して答えた。
「いやさ。まあ山形くんがゲームに参加しているだけなら私も、ちょっとしたお節介を有料でするだけに留めようと思ったんだよ? でもアイツ、よりにもよって私のナワバリに手を出したんだもん」
「……お前のナワバリ?」
「今回のゲームには魔流田女学院の人間も紛れ込んでた。生徒会長としてちょーっと見逃せないよねー……中等部の人間だけどさ」
「待て。そんなことをどこで知った?」
「あはは! あの木偶人形ちゃん、よりにもよって参加者の報告を、この茶亭の敷地でやってたからさ! 私には情報が全部筒抜けなんだよね!」
「……アポロ、この店に何か仕込んだか?」
「流石に晃ちゃんの部屋には何も仕込んでないよ。親しき仲にも礼儀ありだしね」
「姉さんの部屋には?」
「バッチリ仕掛けました!」
晃はアポロの脳天に肘鉄を打ち下ろした。
「いいったーーーい!」
「最悪、茶亭に何かを仕掛けるのはまあ別にいい。姉さんには手を出すな。人体の目に付く場所片っ端から抉るぞ」
「ヤクザみたいな脅し方するね!? ちょっと目を離している隙にシスコン更にこじらせた!?」
「いいからさっさと姉さんの部屋に仕掛けたもの全部取っ払ってこい!」
「うわぁーーーん!」
頭を押さえながら大泣き(している演技を)し、アポロは階段を駆け上がり、晃の姉である茜の部屋へと直行した。
それを見送り、また溜息を吐く。
「はあ……悪意の方向性さえ間違えなければ頼もしいヤツなんだけどなぁ」
そういえば、シリウスの件については有耶無耶になってしまったことに気付いた。
この一連の流れを計算でやっているのなら本当に油断ならない女だ。軽く頭を掻いてから、晃も上の階へと昇っていく。もう仕事は終わったので後は居住スペースでゆっくりアポロが仕事を終えるのを待てばいい。
ゲームでもしながら時間を潰そう、と自分の部屋に戻る。
◆◆
「やっほー晃ちゃーん! お仕事終わって疲れただろうから私が直々に癒しに来てあげたよー! どの体位がいい!? 正常位? 後背位? ちょっと踏み込んで立ちバッ――!」
「帰れ」
「あ、ごめん。完全にからかい目的だったのは否定しないけど叩き出すのは待って……本当ごめん……」
窓を開け、バスタオル一枚だけのホカホカ湯気が立つアポロを抱え上げ、突き落とそうとした晃だったが、必死のアポロの抵抗でそれは叶わなかった。
窓枠に手足を全力で踏ん張っている。
「ちょっ、待っ……手足がまだ微妙に濡れてるから滑る……やめ……!」
「なんでどいつもこいつもうちの風呂を勝手に使うんだ……!」
アポロが心の底から身の危険を感じるまで攻防は続いた。
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