第十七巻 大分ピンチ

「もうあのスライムの能力の確認は必要ない。コイツの正体さえわかれば答えは出たも同然だ」

「……へえ」

「多分あのスライムの正式名称はコピースライム。能力は姿形だけでなく、使っている本体すら真似ている対象だと誤認するほどの強力な模倣だ。その能力を移植された双子人魚の正体は。ここまで来れば後は簡単だ。双子人魚が化けていた参加者なんて、一人しか該当するヤツはいない」

「一つ、質問をよろしいデス?」


シリウスが興味深げに声を出す。


「一体いつから彼女は双子人魚と入れ替わっていたと思いマス?」

「俺たちをつけていたときから既にと考えるべきだ。あのころから死神……に扮していた石神井恵が活動していたわけだし」

「さて? あれは本当に恵さんだったのでしょうか? その時点では他の参加者だったのでは? で、ワタシたちが滝さんたちと別行動している間に双子人魚が恵さんと入れ替わった、とか?」

「断言する。間違いなく俺たちをつけていた時点でコイツは双子人魚と入れ替わっていた。根拠は今回のゲームの参加人数が四人だからだ」

「ン?」


シリウスのニヤニヤ笑いが固まるが、小雨は続けた。


「そもそもの話、俺たちが滝たちと別れることになったのは銃声と悲鳴が聞こえたからだが……シリウス。そのときの悲鳴は間違いなく石神井のものとは別物だっただろう? じゃないとお前が気付かないわけがないし、気付いた上で黙ってたのなら、マジックパスのくせして恣意的に俺たちを嵌めようとしてたってことになる。まさかあそこまで姿形を似せておいて声だけは模倣していないなんてことはないだろうし、双子人魚が悲鳴を上げながら銃をぶっ放してたわけじゃない。ということは間違いなくコイツが誰かに向かって銃を撃っていて、その誰かが悲鳴を上げていたってことになる。いくら双子人魚が船に備え付けられている武器での攻撃を無効にできるからって、俺たちをおびき寄せるためだけに、そんな茶番を意図して盛り込むとは思えない。だからアレは俺たちの出会っていない四人目が、双子人魚に操られた石神井恵に銃で撃たれていたとしか考えられない。ゲーム開始時点からずっと俺の隣にいた滝に至っては入れ替わりが不可能だから論外だしな」

「う、うん。確かに撃たれていた誰かの悲鳴は男のもので、恵さんとは完全に別物でしたが……? あれ? あれあれあれ? 小雨さん?」

「なんだ?」

「どうして今回のゲームの参加人数を知ってるんデス?」

「どうしてって?」

「だって今回、ゲーム参加者の情報はロックしてたんデスよ? どこで参加人数を知る機会があったんデス?」


指摘された小雨は、眉間に皺を寄せた。


「……それか。できれば気付いてほしくなかったな……」

「不正の余地がない部分デスからどうでもいいんデスけど、だからこそ知る余地すら無かったはずデスよね? 一体どうして……」

「……お前の口から直接聞いた、らしい」

「はい?」

「ゲームが終わったらそのとき話す」


そう小雨は言うものの、なんとか有耶無耶にして逃げきれないかと思っていた。シリウスを出し抜きたいという意図からではなく、純粋に言いたくない、それだけの理由で。


シリウスもなんとなく小雨から不機嫌な雰囲気を感じ取り、特に重要なことでもなかったのでひとまず置いておくことにした。


「さてと。今から操り人魚のプロトコルを本格的に読み込まないとな。解除方法がわからないと……どうにもできん」

「滝さんは放っておいていいんデス?」

「双子人魚の計画は確実に失敗してるだろうしな。こうやって本物の石神井恵を捕まえている限りは問題ない」

「計画って?」

「……今から確認してみないと正解かどうかはわからないが、今までのゲームを見る限りコイツの能力には弱点がある。まず一つに『一人しか操れないこと』。そして完全に対象になり切ってしまう完璧すぎる変身能力を獲得している性質上、操ったとしても『命令できるのは対象を操り始めてから変身するまでの間にのみ限定』されていることだ。大雑把な操り方しかできないのはコレが原因かもな。総合して言うなら『最初の計画が失敗したら命令し直せない』ってことになる。だとすると、コイツが立てる計画に必要なのはたった一つ。『膠着状態に陥ったときに計画をなんとしてでも再始動させる計画』だ」

「ン? 命令し直せないのに?」

「ポイントはそこだな。双子人魚の変身が解けるスイッチがどこにあるのかによって、計画は変わるはずだ。多分だが俺はこれを『操っている対象が死んだときに変身が解ける』と推測している」

「根拠は?」

「滝に対して攻撃していなかった。石神井に対してはやり過ぎなくらいだったのに。そのくらいはあの場をざっと見ればわかる。あの死角を突く妙な歩き方で石神井に対して不意打ちしたんだろうけど……その後、部屋の中を覗いた滝に対して何故同じように攻撃しなかったのか」

「……ふむ。なるほど。攻撃する必要が無かったからだ、と考えているわけデスね?」

「もうここまで来ると推測、推理の域をはみ出して完全に予測になるんだが、俺たちが別行動をとっている間も、操られた石神井は何回も滝に対して攻撃を仕掛けたんだろうな。でも滝の身体能力は異常だ。ハッキリ言おうか。。状況は完全な膠着状態に入ったとコイツは判断し、プランBに移行した。とにかくあらゆる手段を使って滝を挑発し、自分を殺させることにしたんだ。対象の人間一人を操る能力は、裏を返せばその一人が死ねばまた新しく誰かを操れる。滝が復讐ないし自己防衛でコイツを殺して、油断しきったところを双子人魚が操る。回避は不可能だろうな。なにせ、全部上手くいった場合には死体と化していた石神井恵が擬態を解いている瞬間を、何もわからない滝が目撃することになる。目を合わせるのなんて簡単だ」

「ふむん? その理屈だと、どこかの時点で操っている石神井恵さんに対してあらかじめ『状況が膠着したら自殺しろ』とでも命令すればよいのでは? それで変身解けて、近くにいた滝さんに対して能力を発動できマスよね?」

「……変身が解けた瞬間は何が何でも対象が近くにいる必要があるからな。何度も言うが命令できるのは能力をかけてから変身して入れ替わるまでの間のタイミングしかない。つまり双子人魚は変身が解けたときに何がなんでも対象が近くにいる状況を、最初の時点で作り出さなければならない。双子人魚が石神井恵に能力をかけて、変身して入れ替わるまでの間に仕掛けた命令の全文は『参加者に攻撃しろ。状況が膠着したと判断すれば私に攻撃しろ。その後は私の傍で待機して参加者を挑発しながらおびき寄せ、然るべきタイミングで反撃を受けて死ね。必要とあらばおびき寄せた時点で自殺しろ』ってところかな」


小雨が推理を粗方語り終えた直後、パスに電子音が鳴った。

シリウスが忍び笑いを漏らす。


「……クフフ。いやいや本当にいい拾い物デスよ、あなたは」

「正解か?」

「概ね。ただまさか、この船が沈没した原因とか、NGゾーンの役割だとかにノータッチなまま終了するとは……」

「船が沈没した原因は多分、大雑把にしかわからないが双子人魚が逃げて、とにかく片っ端から船を撹乱させて船を沈めたんだろうな。おそらく紛れ込んだ人魚が起こした疑心暗鬼による自滅で、ほとんどの人間が死んだはずだ。少し探せば大量の骸骨とかが転がってる部屋とかがあったかも」

「ギクリ」

「NGゾーンに関しては簡単だ。今まで見た中では『肺呼吸』は禁止されてても『肺呼吸以外での呼吸』は禁止されてなかったし『二足歩行』は禁止されてても『二足歩行以外』での移動は禁止されてない。部屋の中に大量の水とかがあったら確定だが、おそらく『能力を使っていないスタンダードフォルムの人魚が最大限活動できるスペース』があったはずだ。そこから双子人魚の生態を辿るヒント兼プレイヤージャマーのつもりだったんだろ。というかそもそも、人魚がこのNGゾーンを発生させていたわけだから自分が不利になる条件を作るわけがない――」


――待てよ?


それだけでは片付けられない部屋があったことを思い出した。


「……もうほとんど終わったも同然だけど……一応、あの爆発した部屋に戻ってみるか」

「小雨さん? どうかしました?」

「ああ、いや。本当にどうでもいいことかもしれないんだが、一応確認しておきたくってな」


もうほとんどゲームは終了したようなものだ。操られていた石神井恵は気絶。双子人魚も『石神井恵の人格』から解放されていない状態。


何も不安に思うことはないはずなのだが。


「……なにか引っかかる。本当に今の推理で合ってるのか?」


小雨は気絶している恵を狼に任せ、引き返す。

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