第十四巻 女子同士の友情はドライだが強い

「……ん?」

「どうかしましたか? 霊院先輩」


質問に滝は答えず、険しい顔になった後、周囲を忙しなく見渡す。

遅れて恵も、どこからか殺気を感じる。二人は自然と背中合わせになって警戒を始めた。


「……いますわね。具体的にどこ、とはわかりませんが」

「ああ。ヤツだ。今度こそキッチリと決着を付けてやるぜ」


好戦的な意志を持つ滝に恵は舌打ちする。できれば今すぐにでも逃げたいのだが、上手いこと彼女を乗せられれば死神を打ち倒す可能性があるのも確かだ。


「あんまり気が乗らないですけど、協力させてもらいますわ」

「ん? おお! 頼りにして……る……?」

「……あれ? 語尾が疑問調になってますわよ?」

「お前強いの?」


別にこれと言って喧嘩の強さに自信があるわけではない。だが、単純に恵は滝のことが嫌いだ。嫌いな人間に見縊られることほどに頭に来ることはない。


「……吠え面かかせてやりますわ」

「おう!」


ちなみに今の決意表明は死神に対してではなく滝に対して言われたものだが、そんなことに滝が気付くわけもなかった。


ゴロン、と硬いものが足元に転がる音がした。

二人が足元を見ると、そこには手榴弾が転がっていた。


もちろん、ピンを抜かれた状態で。


「シャク。これってピン抜かれたばっかなら蹴り飛ばした方がいいんだっけ?」

「逃げましょう」

「だよな!?」


爆発が狭い廊下を一瞬で満たす。

その後、爆熱が収まった廊下にふらりと死神が姿を現す。


死体が転がっていることを期待したいが、あの素早さだとそれは流石に高望みだろう。大怪我をしているところに止めを刺す、あたりが現実的な予測の範疇か。


そう思っていたのだが、どの予測よりも遥かに非現実的な光景が、煙の先に広がっていた。


「……いってーな。何すんだコラ」

「まったく。品性の欠片もないですわね。爆殺なんて」


足音。そして声。煙の中から、二人の女が悠然と現れた。二人とも怪我をしているのか、服も髪ボロボロに乱れていて、血も流れている。

眼光は先ほどとは比べ物にならないほどに鋭かった。


「くそ。なんてことだ。まさか爆弾なんて……予想外の怪我しちまったぜ」

「いや、ただ単に凄いバックステップしたときに勢いよく躓いてゴロンゴロンじゃが芋みたいに転がっただけなんですけどもね。一瞬で私を抱えたあなたの巻き添えで怪我しただけなんですけどもね?」

「すまん」

「……いいですわ。流石に私も、怒りの矛先を間違えるほどに愚かではありません。ここは正当に、かつ美しく」


髪型を整え、邪悪な笑顔で怒りを精一杯隠しつつ恵は宣言する。


「あのクソ不敬女をぶち殺すとしましょうか」

「その言葉遣いが既に美しくない」

「黙りなさい。八つ当たりとして眼鏡叩き割りますわよ?」

「やめてくれ! 既にヒビ入ってるから結構ピンチなんだぞ!」


◆◆

狼に連れられ、やってきたのはまた異様な部屋だった。


「実室?」

「がおる」


部屋のプレートを怪訝に見つめている小雨に、狼が後ろから唸り声をあげる。さっさと開けて中に入れとでも言いたげだ。


「わかったよ。入るって」

「んんー。罠があったらワタシがなんとかしマスので安心してドア開けてくださいねー。一応マジックパス! デスので」

「期待してない」

「酷い」


シリウスの自爆機能は兵器として見れば間違いなく強力だが、強力すぎて使いどころがない。一度起爆させてしまえば亜府呂市全体を火の海にしかねないし、使いようがないだろう。


だがそれはさておいて、運営として答えられる範囲の質問には答えてくれるので、この点だけは心強い。致命的な嘘も吐かないとなれば猶更だ。

なんとかすると言うのだから、最悪その努力だけはしてくれるだろう。


小雨はドアを開け、中を確認する。

特に罠はなく、鍵もかかっていなかった。部屋の中は思ったよりも広く、ドアの向こうには大きなガラス窓。


この部屋は二つに仕切られていた。ガラス窓の手前には三脚で支えられたビデオカメラ。ガラス窓の向こう側は、渇いて変色した血痕やら爪痕やら、何の生物かわからない骨やらで荒れ果てている。


「……実践……実践ね……わかってきたぞ。この船で何してたのか」

「ほほう?」

「ここで生物兵器の機能を見せてたんだ。だから実験室じゃなくって実践室」

「なるほど」

「……でもそれにしては気になるものがあるな。ビデオカメラなんて……密輸船なんだからこんなものがあったら客が嫌がるだろうに」


違和感を覚え、ビデオカメラに近づいた小雨は、しばらくそれを触って気付く。


「……ん。ただのビデオカメラじゃないな、これ。ここで撮った映像を、リアルタイムでどこかに送る設定がされてる」

「ん? そんなことがわかるんデス?」

「そう書いてあったからな。ビデオカメラの画面に。今も放送中か……」


ビデオカメラの画面には『5号室に中継と録画を実行中』と表示されている。


「5号室……客室に送ってるのか。ならもしかして、わざわざ密輸船を旅客船に偽装してたのは、ここの顧客を普通の旅客に紛れ込ませるためか」

「ふうむ? 中継するだけでなくって録画もさせているみたいデスねー」

「……5号室に何か手がかりがあるかもしれないな。上に戻れればいいんだけど。流石にここに客室はないだろうし」

「あれ? 小雨さん。あのガラス窓の向こう、何か生物が入れられてるみたいデスよ?」

「なに?」


小雨が窓の向こうを見るが、一見してシリウスが何を言っているのかわからなかった。しかし、見えづらいだけで、間違いなくそれはいた。


限りなく無色透明に近い青色のスライムだ。アメーバ状で、芋虫のように這っている。そして、人間の眼球のようなものが、ほぼ液状の体の中にぷかぷかと浮かんでいる。


「うげ。気持ち悪い。なんだあれ」


そう小雨が感想を述べると、人間のような眼球がギロリと小雨の方を睨んだ。

どうもあれは感覚器官として機能しているらしい。キチンと見えているようだ。


「がお」


狼が鳴いたので、そちらの方を向く。いつの間にか、口に何か咥えていた。それを小雨に差し出している。

なんだ、と思いながら手に取ってみると、それはノートだった。表紙にはマジックペンで『台本』と書かれている。


「台本?」


中を開けて確認してみると、最初の一ページ以降は真っ白で何も書かれていないことがわかった。

その最初の一ページに書かれている文字列は、ところどころ文字がかすれていて読めない。


『こちらは今回の目玉商品である■■■スライムです。こちらが能力を発動していない状態のスタンダードフォルム。残念なことに能力の発動には時間を要するため、安定した■■活動には向きません。

ですが、もう一つの目玉商品である操り人魚を改造し、この能力を取り込ませることに成功しました。この商品の■■能力は折り紙付きであり、使っている本体すらも■■を■■と■■してしまうほどのものですが、それ故に優秀な働きを約束してくれるでしょう。

この能力を取り込んだ操り人魚の改造体を、我々は双子人魚と名付け――』


それ以上は文字の掠れが酷くなり、読めない。読めないが、どうもこの場で商品を紹介する人間が書いたカンニングペーパーのようなものらしい。

しかし、段々読み進めていく内に、小雨の背中に冷たいものがずしりと圧し掛かってくる気がした。


「……なんだって? 操り人魚?」

「おや? 双子人魚って、元はそんな名前だったんデスね?」

「……これ、まずいぞ。絶対にまずい」

「ン? 何がデス?」

「い、いや。勘違いかもしれない。勘違いかもしれないんだが……」


小雨は祈るように、スライムの方を見る。これの能力さえ確認できれば、すぐにでも仮説を証明できるのだが、この台本に書かれている通り、能力の発動には時間がかかるらしかった。


あるいは、このスライムに能力の発動の意思がそもそもないのか。

ずっと小雨のことをじっと見つめているだけだ。


「……5号室に急ごう。イヤな予感がする……!」

「ふーん……」


焦る小雨に見えない場所、見えない角度で、シリウスが口角を釣り上げた。

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