第七巻:面倒なわちゃわちゃが嫌いでさっさとゲーム始めろと思っている人はここからお読みください:残り四名

・このゲームの基本ルール

一つ、動力炉は双子人魚。これの破壊もしくは停止によってのみゲームはクリアとなります。ゲームクリア後の下船の手続きはナイトメアにお申し付けを。

二つ、タイムリミットは四時間です。カウントはパスのホーム画面にて確認できます。カウントはゲームクリア時点で停止するので、下船するときは落ち着いて行動してください。

三つ、この船に備え付けてある、あらゆる武器での攻撃は動力炉に対して無効です。お気を付けください。

四つ、双子人魚の魔法により、この船のいたるところにはNGゾーンが存在します。NGゾーンに入ると、特定の行動が不可能となります。

五つ、今回『ゲーム参加者の情報』はロックさせていただきます。参加者に出会っても、その情報がパスに開示されることはありません。


トロフィーの取得条件:参加賞。

トロフィー2の取得条件:双子人魚からの一定以上の好感度。


ゲームの基本ルールをパスで確認した滝と小雨の二人は、顔を見合わせる。最初に口を開いたのは滝の方だった。


「……双子人魚、ね。今回はどんなバケモンなんだかな」

「シリウスがわざわざ俺たちを呼んでまで戦わせたがるような相手……多分今回もただ腕力だけで勝てるような相手じゃないだろうな」

「前のときとは違って私の攻撃は効くだろうけどな」


そうだ。小雨もその点が気になっていた。

今回の動力炉が無効にする攻撃の範囲は『この船に備え付けてある武器での攻撃』だ。滝や小雨、そして他の参加者に対しては何の縛りもない。

シリウスも滝の身体能力については知っているはずなのに、その点に対して一切のカバーをしていないとは考えづらいのだが。


「それはそれとして、トロフィーの取得条件。なんじゃこりゃ」

「……好感度?」

「コサメ、意味わかるか?」

「いや、まだわからないけど……」


片方のトロフィーに関してはわかる。シリウスが事前に説明した通りの参加賞だろう。

もう片方のトロフィーの取得条件の『好感度』とは具体的に何を指すのか。

額面通りならば、この双子人魚とは参加者とのコミュニケーションが可能ということになる。


「……ひとまず探索してみよう。前のときと同じ、船のことを調べれば対策もわかってくるはずだ」


小雨がそう提案したとき、パスに電子音が鳴った。

ただ、鳴ったのは滝のパスの方のみだ。小雨のパスには何の変化もない。


「ん。シリウスからのメッセージだ」

「え?」

「……『マジックパスを起動してください』? どういう意味だ?」

「……あ」


そういえば、その説明は絶対にするとシリウスは約束していた。

滝は小雨に確認するような視線を送る。


「……使い方が書いてある。起動すべきか?」

「仮にもゲームマスターが『やれ』って言ってるんだから、少なくとも危険はないと思うぞ。やってみたらどうだ?」

「うーん。ま、いいか。コサメがそう言うのなら。えーっと、マジックパスの項目をタッチして……」


パスをポチポチと操作し、滝は息を吸い込む。


「マジックパス発動! 『セブンスペアボディ』!」


バチリ、と滝の回りに紫電が迸る。

段々とその紫電は勢いと強さを増していき、それが頂点に達した途端にすべて消えた。

後に残っていたのは――


「……なんだコレ。ぬいぐるみ?」


滝の膝までの背丈を持つ、妙なロップイヤーの兎のぬいぐるみだった。服装は中世の船乗り風の妙なコスプレ。顔の右半分には枝垂れ桜の刺繍がされている。それが直立し、滝の顔を見上げている。

次に小雨の顔も確認し、回りを確認し、ふわふわの毛で覆われた手でガッツポーズした。


「よし! よしよし! 成功! ヤッホーイ! ちょっと不安だったけどキチンとできてマスね! 上出来デス!」

「ん……お前、まさか、その声、その口調!」


小雨が真っ先に気付いた。指を差し、その名を叫ぶ。


「シリウスか!?」

「ピンポンピンポン大正解! あなたのナイトメア、シリウスそのものデス!」


ぴょん、と飛び跳ね、兎の顔で人間のように笑う。

見た目のせいで仕草は可愛らしいが、挙動はあの憎らしいナイトメアそのものだった。


滝も気付いたようで、目を見開きながら問う。


「お前、その姿……なんだ? ウサギ?」

「スペアボディ、デス! ワタシの本体は別の場所にちゃんとありマスよ!」

「スペア……? い、いや。それよりも。私のマジックパスでお前が現れたってことは……私に与えられた魔法って、つまり」

「召喚魔法デスね。『シリウスのスペアボディを召喚して味方にできる魔法』デス」

「今すぐ捨ててぇッ!」

「超強力な部類なのに!?」


拒絶されたシリウスは、かなり意外だという様子だった。

まさか本気で喜ばれると思っていたのだろうか、と小雨は呆れはてる。


「ちょっと待ってくださいよ! ワタシ、前のゲームではキャプテンに対して処刑したり、あなたたちを助けたりと大活躍でしたよね!? そのワタシが味方なんですから泣いて喜ぶべきでは! 嬉しさのあまり失禁するレベルなのでは!?」

「するかボケッ! 死ね!」

「ひ、酷い! あんまりだ! こんなに可愛いウサギちゃんに対して何たる暴言!」


しばらく滝とシリウスの言い争いを見ていた小雨だったが、しかし考えを一度改める。

こんなナリで、バカみたいな言動を繰り返しているとは言っても、シリウスはこのゲームのゲームマスター。これが味方になるのなら、心強いと言えるのではないか。


「……で。シリウスはどの程度、俺たちに協力してくれるんだ?」

「え? えーっとデスね……ゲームの核心的なネタバレに触れない程度のアドバイス。自爆機能による戦闘の補助。探索の補助。などなど、色々ありマスよ。本体ほどではないにしろ、結構強い部類だと思いマス」

「まさかとは思うが、俺のパスもスペアボディの召喚だったりしないだろうな?」

「確認してみたらどうです? もうロックは解除されてますので、マジックパスの名前だけは確認できマスよ?」

「えーっと……」


小雨は自分のパスを確認し、配布されているマジックパスの名前を読み込む。

そして――


「……あ!?」


すぐに目を疑った。

滝はシリウスから目を外し、心配そうな顔で小雨を見る。


「どうしたコサメ?」

「……俺のマジックパス……アイツだ」

「アイツ?」

「キャプテン・メランコリック」

「はあ!?」

「強いデス!」

「そういう問題じゃねーよクソウサギ、コラ!」

「ぐぎゃあああああ!」


滝はシリウスを持ち上げ、頬を両方掴んで思い切り引き延ばす。どういう素材になっているのかわからないが、マンガのようにグイグイと頬が伸びる。


「や、やめてー! 壊れちゃう! 壊れちゃうからー! ウサギの可愛い顔が台無しになっちゃうからー!」

「知るかァ! 人が命がけで戦ってるっつーのに変な魔法ばっかりよこしやがって!」

「マジで強力なのにー!」


滝とシリウスのくだらないやり取りは、五分ほど続いた。


◆◆

「……いや。大人げなかった。そうだな。アイツは確かに強力な敵だった。あれが味方になるのなら心強い……心強いんだが……」

「怖いデス?」

「そうだな。平たく言えば……」


滝の八つ当たりは終わり、二人はやっとのこと落ち着いた。

そのタイミングを見計らって、小雨はシリウスに喋りかける。


「……で。シリウス。ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「ネタバレでなければ答えマスよ?」

「NGゾーンってなんだ?」

「ああ、それ? それは文字通りデス。NGゾーンに入ると、禁止された行動を一切取れなくなりマス」

「……うーん?」

「実際に見てみないとわからないデスよねー。見れば一発なんデスが」


ウサギのぬいぐるみと化したシリウスは、少しだけ逡巡した。


「ま、この程度なら大丈夫デスよね。NGゾーンは『部屋』の形をしていマス。その部屋に入ると、ドアの入口に書かれた行動の一切が不可能になるんデス。例えば、このあたりで一番近いNGゾーンでの禁止行動は……二足歩行の禁止デスね」

「禁止行動を取るとどうなるんだ?」


滝が問うと、シリウスは首を振った。


「それを考える必要はありません。『できなくなる』んですよ。もしその部屋で二足歩行ができたら、ワタシも知らない何らかのバグがあるってことデス。もし見つけたら金一封さしあげマスよ」

「……あー?」


いまいち実感しづらい滝だったが、小雨はなんとなく理解した。


「……強制力が働いて、禁止行動がとれなくなる部屋ってことか?」

「そうそう。その通りデス。中には『心臓を動かすこと』が禁止行動になっているヤバい部屋もあるので、絶対に入らないようにしてくださいね」

「な、なんだそりゃ!」


滝が慄く。だがシリウスはなんでもないように言った。


「大丈夫だとは思うんデスよねー。部屋の入口にはわかりやすくプレートで禁止行動の内容が書かれてマスから。うっかり間違えて入ることはないと思いマスよ?」

「存在するってだけでも大問題だろうが!」


だが、その存在の詳細を今聞けたことは間違いなく大収穫だ。

これである程度探索がしやすくなった。


「制限時間のこともある。さっさと中に入ろう」


小雨が促すと、滝は渋々ながら気持ちを切り替えた。

そして最後に一つだけ、滝は質問をシリウスに投げかける。


「……私からも質問いいか? この船の回りにある水の膜はなんだよ?」

「ああ。あれ。あなたたちにとっては深い意味はないデスよ。設定をわかりやすく見せる視覚演出でしかありません」

「視覚演出?」

「この船は沈没船ってだけデス」

「……沈没船、ね」

「行かないんデス?」

「……行くよ。じゃないと死ぬんだし」


行動は早ければ早いほどいい。

シリウスを伴って、参加者二人は中へと入って行った。


◆◆


「私は……誰……?」


船の最下層。

そこで蠢く誰かがいる。


「私は……私……」


ガチャリ、ガチャリと音を立て、何かを組み立てている。

慣れない手つきで、組みあがっていくその黒光りする鉄の塊は、マシンガンだった。


「なんで……こんなことしてるんだっけ……」


その疑問が浮かんだのは一瞬だけだった。夜に寝る前の意識のように、ふわふわと微睡みに溶けていく。

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