第四巻 自分の常識を他人に押し付けることほど残酷なことはない
「晃。耶麻音の連絡先を教えろ」
「アイツを頼るのか? 切羽詰まってるな……依頼料は?」
「この前の封筒がある。五万円くらいなら融通できるぞ」
「それだけあれば喜んでやるだろ」
てきぱきと何らかの準備を晃と整えている小雨を、しばらく滝はじっと見つめていたが、すぐに立ち上がってつっこみを入れる。
「待て待て! 押し付けのドロップアウトは論外だってこの前言ったばかりだろ!」
「俺たちがやる分には、の話だ。他のヤツがやる分にはどうだっていい。ていうかむしろ危険からすぐに逃げられるのなら積極的にやるべきだろ?」
「ええーーーッ!?」
確かに正論ではあるのだが、平然と言われても脳の処理が追い付かない。
少しずつゲームと向き合って、トロフィーを揃える覚悟を決め始めていたから猶更だ。
あまりの切り替えの速さに呆然としていると、ウノが口を開いた。
「ああ、お金が必要なんですか? なら私のトロフィーを換金すればいくらかは出せますよ」
「あ、そっか。いくらになる?」
小雨の問いに、ウノはパスを取り出して確認する。
「えーっと、二億のトロフィーと、一億のトロフィーが一つずつだから、合計三億ですね」
「多ッ!」
「既にお母さんの治療費にいくらか払った後なので、この三億はまるごと全部小雨さんに進呈してもいいですよ?」
「冗談じゃない! ていうかそれ税金どうなるんだよ!」
「あ、そっか。贈与税が酷いことになりますよね。うーん……」
「いやそれもだけど所得税は……」
「非課税ですよ? どういう仕組みなのかはわかりませんが。偽造の宝くじ当選証明書も貰えるので税務署対策もバッチリらしいです」
「至れり尽くせりだな」
困惑する滝を除け者にし、小雨とウノは準備を整え続ける。
それは誰かを死地に送り、自分だけが助かる準備だ。責められることではないとはわかっていても、どこか釈然としなかった。
◆◆
晃と小雨に何らかの依頼をした後、ウノは『また来る』と言い残して店から去って行った。それを三人は店の出口付近で見送る。
どうも二人にはこういうときに頼れる伝手が共通に存在するらしい。有料だが、頼りになるらしく、小雨はウノを見送るとき胸をなで下ろしていた。
「……アイツに頼るのは癪だけど、まあこの際仕方ないか」
「すぐに呼ぶかい?」
「やめてくれ。呼ぶのなら俺が帰った後で」
「そのヤマネ? って誰だ?」
滝の質問に、小雨は苦虫を嚙みつぶしたような顔になった。それを見て晃は苦笑しながら答える。
「僕たちの中学時代の共通の知り合い。僕にとっては小学生からの幼馴染で、小雨にとっては中学時代からの天敵だ。とにかく、その……なんだ……えーっと……酷いヤツで……」
「晃。言うな。滝が知る必要はない」
「キミって本当アイツのこと嫌いだよね……いや、理由はわかるけどさ……」
「むしろ俺は、お前とあの女がどうして友達でいられるのかが疑問だ。さっさと縁切れよ」
「なんてことを言うんだ! って、言いたいところなんだけどなぁ……」
二人のやり取りが段々と暗いものになっていく。
晃の方はともかくとして、小雨の方は本気で耶麻音という人間を嫌っているようだった。非常事態でなければ名前すら呼びたくないほどらしい。
滝が今一よくわからない、という顔をしていると晃が補足した。
「まあ
「殺し屋でもか?」
「ドナルド・トランプも召喚できるね」
「冗談だろ?」
「実際存在自体がブラックジョークなんだって」
「晃! やめよう、この話は!」
これ以上聞きたくないとばかりに小雨が叫んだ。
「噂をしている内に本当に現れたらどうする!」
「……い、いやいや。流石にアイツもそこまで万能じゃ――」
そのとき、晃の携帯にかかるメールの通知音。
あまりにも出来過ぎたタイミングに、小雨は何かを察し、弾かれたように二階へと上がっていった。
晃は冷や汗をかきながら、携帯を見る。
「……『あと十分でそっちに行くよん』、だってさ。まさに噂をすれば影だな」
「怖ぇーよッ! どんな情報収集能力してんだそいつ!」
また晃の携帯に通知音が響く。
「『怖いとは心外な。こんな美少女に対してホラー映画みたいな対応とかマジで傷つくんだけど。存在自体がブラックジョークとかシルクドフリーク座長とか言われるのと同じくらい傷ついたよ! 慰謝料請求しちゃおっかな』だってさ」
「既にどっかに潜んでるだろコイツ! どこだ!?」
またしても晃の携帯にメールが届く。
「『ところで滝ちゃん。両親は元気かな? 誠さんと美冬さんによろしく言っておいてくれるかな』だって。誠さんと美冬さんって誰だ?」
「私の両親だよッ! やり口が完全にサスペンスホラーじゃねーか、ふざけんなッ!」
「あ。またメール。『人を脅迫犯みたいな言い方しないでよ。私はただ純粋に』……」
「もう読むなッ! わかった! そいつの要求はわかった! 私に消えてほしいんだろ!?」
「……直接的に言わないあたり本当に意地悪だけど、多分そうだと思う。ごめん」
「ああ、チクショウ! こうなることがわかってて逃げたな、コサメのヤツ! 着替えてすぐに出るぞ! 泊めてくれてありがとな!」
「夕方からはバイトよろしくねー」
晃の声に右手を挙げて応えながら、滝も急いで二階へ上がる。
続いて、ドタバタと音が聞こえる。
「だぁーーーっ! 俺の隣で着替えるな!」
「女々しいこと言うな! 私の着替えもここにあるんだから仕方ねぇーだろ!」
「ちょっとは気にしてくれ! ああ、もう! 制服がやっぱり凄い焦げ臭い!」
しばらくそんなやり取りを聞いていると、すぐに制服に着替えた二人が降りてきた。やはり焦げの匂いがまだこびり付いている。
「アキ! また来る! マジで助かった! 窓代は私の給料から天引きでいいぜ!」
「すまん! アイツだけは本当に無理なんだ! このまま退散させてもらうぞ!」
「はいはい。後のことは僕に任せて」
そのまま晃の横を通り過ぎ、二人は走って駅へと向かう。
すべてが嵐のように過ぎていったが、晃にとっては日常茶飯事なので、また店の中で開店準備を整え始めた。
「……ん。そういえばアイツら……鞄はどうしたんだ?」
ふと疑問が沸いたが、それもどうでもいいかと振り切った。
◆◆
「さてと。これで二人は確保デス。結構乗り気のようでしたし。あとの二人は……どうかな」
晃の茶亭の屋根の上。駆けていく小雨と滝の後ろ姿をニヤついた表情で見送るシリウスは、ポケットから携帯型デバイスを取り出す。
「……おし。後の二人も確保っと。これでワタシの最高のゲームを提供できマス」
シリウスは上機嫌に、デバイスに参加者の情報を打ち込む。
正確に言うと、シリウスは二人の答えをまだ聞いてなかったのだが、あの様子だと返答は確実にYESだろう。
「霊院滝。山形小雨。
他に忘れたものはないだろうか、と考える。
そして、一つ思い当たった。前回は司会進行が倒れていたせいで、二人に随分と迷惑をかけたことが心残りになっている。
「……ふむん。仕方ない。今回もワタシは乗船しましょうか。まあ過干渉しなければ問題ないでしょう」
デバイスを仕舞いこみ、その場から立ち去ろうとする。
「ン?」
そのとき、誰かの視線を感じた。周りに注意を払ってみるが、特に誰も見つからない。気のせいかと思い、すぐにシリウスはテレポート。
今度こそ完全に茶亭を後にした。
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