第三巻 デスゲームにおける美味しい話は大体罠

「参加するだけ……参加するだけ、か」


小雨は揺らいでいた。あまりにも話がうますぎるとは思う。思うのだが、抗う理由がない。

デスゲームから逃げる方法は、トロフィーを三つ取得し、それを無償で運営に捧げることで行われる完全ドロップアウトと、手順を踏んで誰かに参加義務を押し付けることの二通りのみだ。


後者の手段は、小雨と滝にとっては論外の一言。押し付けた誰かが死んでしまったら、それはゲームに殺されたのではなく、小雨と滝が殺したも同然だ。


ならばトロフィーを三つ取得して、自力でゲームから脱出した方が後腐れがない。

合計であと二つのトロフィーが必要だ。そのタイミングで、この誘い。


「……何を企んでやがる?」

「おや。滝さん。ワタシの話に嘘はありませんが?」

「そりゃそうだろ。運営がゲームで嘘吐いてたらゲームとして成立しない。私が何を、と言ったのは、そのゲームに何があるってことだ」

「ネタバレNG。あらゆるゲームにおける鉄則デス。言うわけないでしょう? ただ、普通のゲームではないことだけは保証できマスが」

「こんにゃろ……」


滝は閉口する。運営であるシリウスにこう言われたら、もう探れる余地はない。

さて、そろそろ小雨も気付いたが、どうもこのデスゲームはあくまでも『ゲームとしての体裁は絶対に崩さない』らしい。

ルールは絶対。しかしルールの裏をかくことを制限しない。そして、ゲームのクリアを運営も諸手を上げて祝福する。


この調子だと、もしも小雨や滝がゲーム中で死んだとしても、彼女はそれを嘲笑わず、むしろ悲しんでみせるだろう。


「このゲームの目的は、誰かに見せること」

「ン?」


小雨が、考察を口にする。次に呈するのは疑問だ。


「じゃあお前の目的は? お前、人間じゃないだろ。金が目的だとはとても……」

「ああ、ワタシ? ワタシは……」


特に隠すようなことでもないのか、シリウスはそこまで口を開いた。だが、そこから先を聞くことはできなかった。


「あっ!」


声を上げたのは小雨だ。

滝が小雨の視線の先に目をやると、窓の外に誰かが張り付いている。ポニーテールの、小学生くらいの女の子だ。

小雨の視線を受けると、嬉しそうに手を振りはじめる。


「ん? 誰だ? コサメの知り合いか?」

「ある意味そうだ。マジで来たのか。しかも開店時間まだなのに」

「妹か?」

「違う。あと妹と俺は同い年だ。あれほど小さくない」

「……ん?」


妹なのに同い年?

滝はそこに違和感を覚えたが、そういえば二人は血が繋がっていないらしい。そこを考えれば不自然ではないだろうと考えを打ち切った。

厨房の奥に引っ込んだ晃に、小雨は声を投げかける。


「晃。もう店の鍵って」

「開いてるよ。知り合いなら通しても構わない。もう窓を壊されるのは御免だしさ」

「ありがと!」

「礼はいいから窓の弁償しろ」

「何……だと……!?」

「当然だろバカ! 白々しく驚くふりなんてしても無駄だからな!」


『あっ』と、晃の弁償という言葉を聞いて滝が声を上げる。


「そうだ! ところどころ焦げがついた私の長ラン! あれも弁償させないと! シリウス!」


だが、滝が意識をシリウスに向けるそのころには、彼女の姿は既に跡形もなかった。

いつの間にかテレポートしていたらしい。


二人が目を丸くしていると、ポケットの中に入れていたパスに通知音が鳴った。見ると、またメッセージが入っている。


『今夜の七時に参加意思の有無を訊きに、またここに来ます。ああ、そうだ。すべてのゲームは深夜に行われているので、長く続ける意思が出てきた場合は参加する日付をよく考えておくことをお勧めしておきます。それでは』


「あんにゃろー、勝手なこと言うだけ言って帰りやがった」


滝が心底不快そうに歯噛みする。それをひとまず放置し、小雨は店の入り口のドアを開けた。入店を知らせる電子音が店内に鳴り響く。


「用があったら来いとは言ったけどさ。まさかここまで早いとは思わなかった」


開いたドアから顔を覗かせてそう言うと、彼女は張り付いた窓から一気に距離を詰め、小雨の目の前へと移動する。

その速度ははっきり言って異常そのものだった。一瞬、彼女も瞬間移動ができるのかと勘違いしたほどだ。


「名前、なんだっけ?」

「ウノ! 外町ウノです!」


◆◆

外町ウノは産まれついて足が速い。

運動会、体育の授業、友達との鬼ごっこ。それらすべてにおいて誰にも負けたことがない。

小学校において足が速いことはそのまま、英雄の条件だ。クラスメートからは羨望のまなざしを向けられる。先生からは褒められる。

おおよそ、学校生活で手に入れられるほぼすべてを手にすることができた。


だが不満があった。母親が病気がちであり、ほとんど家にいないこと。そして、いくら足が速かろうが、現状それが金になることがないことだ。

スポーツ特待になれば、進学した際に授業料を免除させたりして家計を助けることはできるかもしれない。しかし今、小学生の彼女がいくら足が速くても、社会的には無力でしかなかった。


母親の病気を短期間で治療するのには、莫大な金が必要らしい。このまま通院を続け、対症療法を続けるだけでもそれなりに効果はあるらしかったが。

それは子供であるウノにとって、掛け替えのない母親との時間を病魔に蝕まれることに他ならなかった。


――お金が欲しい。お母さんとの時間を取り戻すために。


そう強く思うものの、具体策はなかった。ある日、ふと法外な賞金を賭けたデスゲームの噂を聞くまでは。


「そして私はついにデスゲーム、ゴーストセッションへの参加権を手に入れ、どうにかこうにか走り回り、ついにトロフィーをゲットできるようになるまでの熟練者になったのです。足が速いことだけが取り柄でも、まあなんとかなりましたよ」


茶亭に通し、先ほどまでシリウスが座っていた場所に座らせ、自己紹介を終えた後にされた話。

それは幼稚ではあったが、あまりにも切実な願いに満ちた彼女の略歴だった。


「重ッ!」


と、一通り聞いた小雨が吐き捨てると、彼女は気にしたふうもなく聞き返す。


「そうですか? 私よりも百倍ヘヴィな理由で参加している人も見たことありますけど。言うなれば私のは完璧に私利私欲ですし」

「押し付けられ組の私たちには一生理解不能だな。命を賭けるほど切羽詰まった願いなんてないし」


滝の言葉に、ウノは大人びた笑いで誤魔化すように告げる。


「それが一番だと思います。満たされてるってことだから。きっとあなたは優しい人に囲まれて育ったんでしょうね」

「……テメェ、マジで小学生か?」


滝に本気の疑いの目を向けられたウノは『うげぇ』といった顔になった。


「その、そういう態度やめてください。なんか本当に歳とってるみたいでイヤです。寿命を縮めるような目に何度も遭ってるから、笑えないんです」

「……嫌な悩みだなァ」

「このゲームを長く続けることになったらイヤでもわかりますって。死生観が変わるから友達に『なんかウノちゃん、ときどきすごく怖い』とか言われちゃうんですよ。無駄に孤独ですよ」

「ところで」


話の腰を折り、小雨が訊く。


「お前、あの船長から拷問受けてて、凄い手傷負ってたはずだよな? その傷はどうしたんだ?」

「ああ、それですか? あのゲームは『ゲーム内での死人』には寛容なんですけど『ゲーム外の死人』にはやたら潔癖なんですよ。あまりにも酷い傷はどれだけ不可逆的な損傷だろうが完治させてしまうんです」


目の前のウノは、あの海賊船で受けていたはずの手傷はほぼ消えており、少し見るだけでわかるほどに完璧な健康体だ。

抱きかかえていた小雨の制服が、血でびっしょり濡れるほどの手傷だったはずなのだが。

それが一日で治るとなると、やはりこれも現実的な治療行為ではないのだろう。


「そんなサービスまでやってんのかよ。私なんか昨日受けた耳の傷が、風呂ん中でしみてしみて仕方なかったんだぞ」

「ゲーム外で人が死ぬことを許さない、か。つまりゲームの運営は『ゲーム以外の方法で人間と接触する方法がない』ってことか……?」


気遣いではなく、自分の目の届かない場所で死なれるとつまらないという意地悪な意思を感じる。これが小雨の気のせいでなければ、運営はとことん悪趣味だ。


「まあそれは後回しにして。山形さん。私の話、覚えてます?」


考察を打ち切り、ウノの問いに小雨は頷いた。


「ああ、きちんと紹介するよ」

「そうですか。それはよかった」

「まあ多分大丈夫だろ。行ける行ける」


二人の間の約定を知らない滝は、二人に目を向けながら疑問の表情を作る。


「何の話だ?」

「こいつをドロップアウトさせる。晃も協力させてな」

「あ?」

「……そういう相談受けてたんだよ、あの船で」

「……完全ドロップアウトの方だよな?」

「押し付けドロップアウトの方だ」


即答され、滝は目を剥いた。

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